スズキが「スペーシア ベース」を発売した。商用車でありながら単なる仕事グルマではなく、個人が遊びにも利用できる1台として仕上げた新型車だ。このクルマを見てすぐに思い出したのはホンダ「N-VAN」だが、これら2台を比べながら軽自動車の可能性を考えた。

  • スズキ「スペーシア ベース」

    スズキが発売した新型軽自動車「スペーシア ベース」

絶妙な商品企画の背景

軽自動車市場では今、「スーパーハイトワゴン」とよばれる背の高いワゴン車が最もよく売れている。このジャンルはダイハツ工業の「タント」が切り拓いた。タントの競合となるのが、スズキの「スペーシア」である。

スペーシアは当初「パレット」という車名だったが、クルマの価値をより明確に表現すべく、室内空間(スペース)が広々としていることが伝わる車名に変更した。今日ではスペーシアが販売台数でタントを上回っている。ただし、これら2台の上にはホンダ「N-BOX」がいる。

スズキによると、軽自動車販売の内訳はスーパーハイトワゴンが25%以上、商用車(バンとトラック)が24%以上でほぼ互角。そのあとには「ハスラー」や「ジムニー」といったSUVタイプ、「ワゴンR」などワゴン車、「アルト」などセダン系のグループが続く。つまり、スーパーハイトワゴンと商用車が軽自動車販売を牽引しているのだ。そのスーパーハイトワゴンと商用車の魅力を融合させたのが、新型車のスペーシア ベースといえるだろう。

  • スズキ「スペーシア ベース」

    「スペーシア ベース」はスーパーハイトワゴンと商用車の魅力を融合させた1台だ

スペーシア ベースの商品企画は容易ではなかったという。スーパーハイトワゴンの美点のうち何を残し、何を切り取るかといった取捨選択をしなければ、商用車としての実用性や価格への満足が得られなくなるからだ。そこでスズキはプロジェクトチームを立ち上げ、スペーシア ベースをどのような商品にするかを徹底的に検証した。

目指したのは商用車としての実用性は落さずに、外観の造形や走行中の快適性は乗用車に近い魅力あるものにすること。商用だけでなく乗用においても、車内空間が自在に調整できて、自分好みの空間を生み出せるクルマを目指したそうだ。

スペーシア ベースは「スペーシア カスタム」でも使用しているグリルを装着しており、塗装には乗用車の質感を加えてある。精悍かつ上級な姿だ。外観で乗用のスペーシアと異なるところは、「リアクォーターウィンドウ」と呼ばれる後ろのドア後方の造形。窓ガラスではなく車体鋼板を用いることで、道具(ギア)感覚が増している。

  • スズキ「スペーシア ベース」

    「スペーシア ベース」は精悍かつ上級なデザインだ

後席は商用であることを優先し、あえて簡易的な座席の仕様としている。座ることはできるが、長距離移動には向かないだろう。後席の快適性を重視するなら、「スペーシア ギア」を選ぶなど別の選択肢がある。

  • スズキ「スペーシア ベース」

    後席は居住性を割り切って簡易的に作ってある

スペーシア ベースでは後席を簡易的な作りとすることで、荷室の床を真っ平らにして容積を稼ぐことができている。座席の背もたれを前に倒せば、ベンチのように腰を掛けて車内での作業に使うことも可能だ。

「マルチボード」と呼ばれる仕切り板を使えば、荷室を縦横に区切ることができる。水平にすれば上下3段階の位置で利用でき、高さに応じて机の代わりになったり、商品棚のようになったり、車内泊のための床になったりと多様に使える。

  • スズキ「スペーシア ベース」
  • スズキ「スペーシア ベース」
  • マルチボードで荷室を区切ればいろいろな使い方が可能となる

前席も使い勝手がいい。助手席は背面が平らになっているので、前方に倒せば運転席に座ったままテーブルのように使える。助手席の下には小物入れがあるので、大事なものを人目に触れずにしまっておくこともできそうだ。

  • スズキ「スペーシア ベース」
  • スズキ「スペーシア ベース」
  • 助手席も便利に使える

  • スズキ「スペーシア ベース」

    「スペーシア」では天井に空調用のサーキュレーターが付いているが、「スペーシア ベース」ではその部分が棚になっており、小物を入れられる

さまざまな工夫は見ているだけでも楽しく、自分ならどのように使いつくそうかと想像がふくらむ。個人事業や移動販売などで幅広い使い道がありそうだ。屋外でのアクティビティやペットとの旅行に出かけるなど、遊びでも活躍しそうな1台である。

ガソリンエンジン車のみで問題なし?

スペーシア ベースのラインアップはガソリンエンジン車のみで、ターボエンジンやマイルドハイブリッド(MHEV)の設定はない。商用が前提なので、価格を抑える意味もあるのだろう。それでも、市街地や都市高速の試乗で動力に不足を覚えることはなかった。今では軽自動車も高速道路を時速100kmで走れるが、日常的な仕事中心の使い方であれば一般道での走行が多くなるだろうし、都市高速でも時速60~80kmの範囲が中心となるはずなので、このあたりに不満を感じる場面は少ないのではないだろうか。

余暇で長距離を移動する際にも、むやみに飛ばしても疲れるだけであり、背の高いスーパーハイトワゴンでは空気抵抗が大きくなり、燃費も悪化する。高速移動といっても時速80kmを目安に巡行するのが、車種を問わず妥当だ。数百km程度の移動距離であれば、到着時間にそれほど差がつくわけでもない。逆に、走行車線を時速80kmほどで淡々と巡行すれば、休日の旅気分も高まるのではないか。

走り方をそのように割り切れば、自然吸気のガソリンエンジンでも動力性能は十分といえる。そのうえで気づかされたのは、静粛性の高さだ。ここには乗用車的な持ち味がもたらされている。

静粛性の点でいえば、N-VANよりも静かなのではないかと感じた。ただしN-VANも、商用車であるからといって騒音に無関心なわけではない。ある程度の音は耳に届くが、苛立たせるような音質ではなかった。N-VANは騒音があっても道具感を覚えさせる室内環境で、それに対しスペーシアベースは、より乗用車的な乗り味といえる。

  • ホンダ「N-VAN」

    こちらがホンダ「N-VAN」

背の高いスーパーハイトワゴンの運転で気掛かりなのは、重心が高くなることによる不安定さだ。街角を曲がるときでも安定感に不安を覚えさせる車種がある。その点、N-VANは操縦安定性が高くて運転が楽しめた。スペーシア ベースも背の高さによる不安定さがなく、しっかりと路面に踏ん張った操縦性で、安心して運転できた。商用バンに割り切ると車両重量が軽く仕上がるので、操縦安定性に一役買うのではないか。

スズキはかつて、商用車をベースにした初代「アルト」を47万円で売り出し、大いに人気を集めたことがある。軽自動車といえども高級化が進む昨今、軽自動車のひとつの価値として、商用か乗用かを問わず、道具として割り切った製品があっていいのではないだろうか。その点で、スペーシア ベースやN-VANは、軽自動車の原点を改めて考えさせる興味深い商品だと思う。

EV化で広がる可能性

さらなる未来を思えば、スペーシア ベースもN-VANも電気自動車(EV)化することで、商品性をより広げられるのではないだろうか。

仕事中の事務処理などで電源が必要なとき、EVなら大容量バッテリーを車載するので心配がない。1,500W(ワット)の100V(ボルト)コンセントを装備すれば、移動店舗としての電源も確保できる。仕事だけでなく旅行の際も、電気製品を利用するのに1,500Wのコンセントが役に立つ。

EVは充電が心配との意見がある。しかし、コインパーキングなどにクルマをとめて車内で仕事をするという人も現れている今日、そこにコンセントがあれば充電しながら作業ができるし、余暇であれば充電しながらコーヒーでも沸かし、景色を眺め、休憩してもいい。

かねてより私は、100km・100万円の軽商用EVの誕生を願ってきた。こうしたクルマであれば仕事に使うにしても走行距離は十分な場合が多いだろうし、余暇に使うにしても、充電のために立ち寄った土地での楽しみが増えるというものだ。スペーシ アベースなら車中泊もできる。

新たなクルマの使い方を夢見られるのも、スペーシア ベースやN-VANという軽自動車が現れたからだ。軽自動車には、まだまだいろいろな使い方や楽しみ方がありそうだ。