スズキが新型車「ワゴンRスマイル」(以下、スマイル)を発売した。テレビCMで「ワゴンRにスライドついた!」とうたっているように、スマイルの主眼はベースのワゴンRにスライドドアを装着したこと。なぜスズキは、ここへきてスマイルを発売したのだろうか。

  • スズキの「ワゴンRスマイル」

    スズキが9月10に発売した「ワゴンRスマイル」。写真は「HYBRID X」グレード、ボディカラーは新色のコーラルオレンジメタリック

「ワゴンR」ユーザーの声に対応

スズキがワゴンRスマイルを発売した理由は、聞いてみると納得できることばかりだ。スズキの説明と、同社商品企画部の清水亨係長から聞いた話を交えながら、主な理由を考えていきたい。

まず、軽自動車市場で「スライドドア」の需要が右肩上がり高まっていることがある。スズキによると、軽自動車市場に占めるスライドドア付き車種の割合は、2012年度の35.3%が2020年度には52.3%に上昇している。後席に乗り降りしやすくて荷物も積みやすく、狭い駐車場でも隣のクルマにドアをぶつける心配がないスライドドア車は大人気なのである。

スズキの軽スライドドア車はこれまで、スーパーハイトワゴンの「スペーシア」だけだった。ライバルのダイハツにはスーパーハイトワゴンの「タント」とハイトワゴンの「ムーヴキャンバス」がある。スズキのラインアップは手薄だったし、そこに伸びしろもあったのだ。「スライドドア車という分野でシェアを見ると、スズキはまだまだ取り切れていません。そこで、車種を増やして対応していこうと考えました」(以下、カッコ内は清水さん)ということだ。

  • スズキの「ワゴンRスマイル」

    背の高い軽自動車にも2種類ある。「スーパーハイトワゴン」と「ハイトワゴン」だ。全高1,700mmを超えるかどうかが、「スーパー」であるかどうかの境界線となっているらしい。「ワゴンRスマイル」は全高1,695mmだから軽ハイトワゴンだ

もうひとつ、これが最大の理由だと思うのだが、ワゴンRスマイルにはほぼ確実に需要があるのだ。というのも、スズキがワゴンRユーザーに実施した調査では、「次はスライドドアが付いたクルマが欲しい」との声が多く聞かれたそうだ。

  • スズキの「ワゴンRスマイル」

    「ワゴンRスマイル」のグレードはガソリンエンジン車の「G」とマイルドハイブリッド車の「HYBRID X」(写真)および「HYBRID S」の3種類。ハイブリッドは電動、ガソリン車は手動のスライドドアとなる

ただ、スマイルの登場により、ワゴンR自体の販売台数が減ってしまう可能性はあるという。ワゴンRに限らず、クルマのユーザーは前型から乗り換える人が多いわけだが、今のワゴンRユーザーが乗り換えを考える際、スライドドア付きのスマイルも選択肢に入ってくれば、そちらに流れてもおかしくないからだ。ワゴンRの上位グレードとスマイルの中級グレードは同じくらいの値段で買えるので、乗り換えの金額的なハードルもそこまで高くない。ちなみに、スマイルの月間販売目標は5,000台だ。

スマイルはワゴンRシリーズの1台というカウントなので、ワゴンR全体としての販売台数は増えていきそうだ。「スマイルの登場によりワゴンR全体、ひいてはスズキの軽自動車全体が盛り上がれば」というのが同社の願いなのだろう。

  • スズキの「ワゴンRスマイル」
  • スズキの「ワゴンRスマイル」
  • 「ワゴンRスマイル」(左)の価格は129.69万円~171.6万円。「ワゴンR」(右)は109.89万円~154.44万円

あとは、女性ユーザーの獲得もスマイルの大事な使命だ。清水さんによると、軽自動車の購入者は男性4割、女性6割といった感じだそうなのだが、ワゴンRは一般的な軽に比べると男性の比率が高いらしい。

スマイルがワゴンRとは異なるデザインを採用しているのも、女性ユーザーを意識した結果なのではないだろうか。そのあたりを清水さんに聞くと、「企画の初期段階で、女性にも訴求できるデザインというのは話題に上りましたが、ただ、やり過ぎてしまうとダメなんです。絞り過ぎると、間口が狭くなってしまいます。女性の中にも、可愛すぎるものに抵抗感を持っている方は結構いらっしゃると思いますので、男性も乗れるように、こういったテイストにしました」という話だった。

  • スズキの「ワゴンRスマイル」
  • スズキの「ワゴンRスマイル」
  • スズキの「ワゴンRスマイル」
  • 「ワゴンRスマイル」は「ワゴンR」よりも着座位置が高く、見晴らしがいいので運転がしやすい。最上級グレードには紫外線と赤外線をカットする「360度プレミアムUV&IRカットガラス」を採用している(ファブリックシートの色はHYBRID X限定のライトグレー)

スライドドア装着でマイナス要素は?

スライドドアの採用が目玉の「ワゴンRスマイル」だが、気になる点もある。なにしろ、スライドドアは普通に開くドア(ヒンジドア)より重いパーツだ。自動車業界では「軽さが命」との言葉を聞くこともあるほどだから、スライドドアにはマイナスの側面もあるのではないだろうか。具体的にいえば燃費が悪くなったり、重心が変わって走りに影響が出たりといったことだ。

ただ、そのあたりにはしっかりと手を打っていると清水さんは話す。まずは燃費について。

「ワゴンR比だとカタログ上、電動スライドドアだと90~100kgくらいは重くなりますが、実走行に近いWLTCモードだと、スマイル(2WD、CVT、ハイブリッド)の燃費は25.1km/lで、実はワゴンRとそんなに変わりません。低燃費化に向けてはクルマの形状(ルーフやフロント部分など)で空力性能を考慮しましたし、新しく転がり抵抗性能の高いタイヤも用意しました。ワゴンRのいいところのひとつは経済性なのですが、ランニングコストの低さもワゴンRの特徴だと考え、燃費には気を使いました。スライドドアの付いた軽自動車の中では、燃費がいいクルマにできたと思います」

走りについては以下の通りだ。

「車体剛性という意味では、新型ハスラーで構造用接着剤を多く使うなどして剛性感を高めたのですが、そういった工夫はスマイルにも適用しました。(同じくスライドドアを装着する)スペーシアの技術もうまく使いながら、重量配分や足回りのセッティングにも配慮しています」

  • スズキの「ワゴンRスマイル」

    スライドドア付き軽ハイトワゴンとしては燃費良好な1台に仕上がったとスズキは自信を示す

ワゴンRの現行型が発売となったのは2017年のことだが、その際にもスライドドア付きをラインアップに加えるかどうかについては議論があったとのこと。ただ、スーパーハイトワゴンに比べると全高の低いワゴンRにスライドドアを付けると、乗り降りの際に頭を下げなければならなくなり、そこまで乗降性がよくないことから、「本当に必要?」という話となって沙汰やみになったそうだ。ただ、ハイトワゴンユーザーのスライドドア需要は伸び続けた。それを受けて、スズキもスマイルを投入することになったのだろう。

ちょっとだけ登場するのが遅かったような気もするが、実際に欲しがっている顧客がいそうな車種なので、スマイルの発売はスズキにとって、至極まっとうな一手だと考えられる。