1カ月ほど前の話になるが、8月14日に宇治山田駅で行われたストリートピアノ設置記念イベントの帰り、臨時特急として運転された大阪難波行の「ひのとり」に乗車した。名阪特急として活躍する「ひのとり」の、普段とはひと味違った走りを楽しめた。

  • 普段は名阪特急として活躍する「ひのとり」。臨時列車として伊勢志摩方面を走ることも

■近鉄の名阪特急の顔となった「ひのとり」

「ひのとり」(80000系)は2020年3月にデビューした、近鉄特急の新たな顔となる列車である。深みのあるメタリックレッドの外観は、現在も大阪難波駅や鶴橋駅などで異彩を放っている。中間車両は「レギュラーシート」、両先頭車は「プレミアムシート」を備え、国内の鉄道車両で初めて全座席にバックシェルを設置した。これにより、後方の乗客を気にすることなくリクライニングできることが最大の特徴となっている。

「プレミアムシート」の前後間隔は130cm、「レギュラーシート」の前後間隔は116cmとされ、いずれも東海道・山陽新幹線N700系の座席より広い。このような質の高さが評価され、2021年の鉄道友の会ブルーリボン賞を受賞した。

  • 「ひのとり」の「プレミアムシート」(2019年11月の報道公開にて、編集部撮影)

  • 「ひのとり」の「レギュラーシート」(2019年11月の報道公開にて、編集部撮影)

「ひのとり」はおもに大阪難波~近鉄名古屋間で、停車駅の少ないタイプの特急列車(大阪難波駅・近鉄名古屋駅を毎時0分発)に使用されるほか、大阪難波~近鉄奈良間の一部特急列車も担当する。一方、伊勢志摩方面に向かう定期運用は存在しない。

ただし、昨年夏から「ひのとり」の伊勢志摩方面への乗入れを開始しており、昨年の大みそかから元旦にかけて、大阪・名古屋から伊勢志摩方面へ臨時特急「ひのとり」も設定された。その後もゴールデンウィーク期間と夏休み期間に伊勢方面へ「ひのとり」を運行している。

■100km/hを超える速度で伊勢路を走行

筆者は宇治山田駅を13時31分に発車する大阪難波行の「ひのとり」に乗車した。近鉄は今夏、7月16日から8月28日までの土休日とお盆期間中に、大阪難波~宇治山田間で臨時特急列車を上下各2本設定。このうち7月16~18日、8月11~15日の大阪難波駅10時50分発・宇治山田駅13時31分発の上下各1本に限り、「ひのとり」が運用に入った。

  • 宇治山田駅は国の登録有形文化財に指定された優美な駅舎で知られる(筆者撮影)

発車20分前の13時10分頃、宇治山田駅の改札機を抜ける。「ひのとり」を使った臨時列車ということで、もっとにぎやかに宣伝しているのかと思いきや、そうでもなかった。2021年から始まった阪伊間の臨時特急「ひのとり」も定着しているのだろう。「ひのとり」はすでに2番線に入線しており、13時15分に扉が開いた。

筆者は先頭車(6号車)の「プレミアムシート」に座り、ホームの様子をうかがう。お盆休みということもあり、親子連れが先頭車付近で記念写真を撮影していた。

13時31分、「ひのとり」が宇治山田駅を発車。この時点で6号車は7割ほど埋まっていたが、バックシェルのおかげか、混雑しているようには感じなかった。隣の伊勢市駅は伊勢神宮外宮の最寄り駅だが、同駅から「ひのとり」に乗る人は多くなかったようだった。

伊勢市駅を出ると、大和八木駅まで途中駅に停車しない。これは伊勢志摩方面へ運行される観光特急「しまかぜ」と共通している。一方、「しまかぜ」以外の阪伊間を結ぶ特急列車は、その多くが途中の松阪駅や伊勢中川駅、名張駅など複数の駅に停車する。

「ひのとり」は100km/hを超える速度で伊勢路を走る。先頭車は床の高いハイデッカー構造なので、往路で利用した特急列車と比べて眺望がはるかに良い。13時50分頃、大阪方面と名古屋方面の分岐点にあたる伊勢中川駅を通過。「ひのとり」は通い慣れた大阪線に入った。その後もスピードは落ちず、このまま快走するのかと思ったが、桔梗が丘駅付近から減速信号(制限95km/h)が表示されるようになり、80km/h前後に速度を落として走る。

車内を見ると、こどもたちの姿も見られたが、全体的に静か。電動リクライニングの「プレミアムシート」に、こどもたちも満足している様子だった。

  • 近鉄大阪線を走る「ひのとり」

14時46分、大和八木駅に到着。駅到着前に京都方面・橿原神宮前方面に向かう特急列車を案内する放送が行われたものの、大和八木駅で降車する人は少なかった。大和八木駅を発車すると、ときおり徐行運転はあったものの、快適なシートのおかげもあり、まったく気にならなかった。

15時14分、大阪環状線と接続する鶴橋駅に到着すると、多くの人が降りた。15時21分、終着駅の大阪難波駅に到着。その際、神戸三宮方面の電車を待っていた利用者が、「ひのとり」を見ながら「名古屋へ行きたい」と話している場面を見かけた。「ひのとり」が完全に名阪特急のシンボルになっていることを思い知らされた。

■観光特急「しまかぜ」を補完する存在に?

筆者が乗車した臨時特急「ひのとり」は、宇治山田駅から大阪難波駅まで1時間50分を要した。観光特急「しまかぜ」は同区間を約1時間40分で走破するが、宇治山田駅から大阪難波駅まで約140kmという長距離であることを考慮すると、約10分の差があっても許容範囲内と思える。停車駅が少なかったため、駅停車時に発生する減速・加速が少なかった点も、快適な旅の要因になった。

今回は「プレミアムシート」を利用したが、往路で利用した特急列車の一般的なリクライニングシートと比べれば、疲労感は圧倒的に少なかった。

観光特急「しまかぜ」も、大和八木~伊勢市間で途中駅に停車せず、「ひのとり」と類似した「プレミアムシート」を有するが、阪伊間を走る「しまかぜ」は上下各1本のみ。そのように考えると、臨時特急「ひのとり」は多客期に「しまかぜ」を補完しつつ、大阪から伊勢志摩方面への直通利用者の快適性を担保する役割を担っているのではないかと感じられる。名阪間だけでなく、阪伊間でも「ひのとり」の今後の活躍に期待したい。