熊本県知事は9月9日、熊本空港アクセス鉄道構想について、三里木駅分岐・原水駅分岐・肥後大津駅分岐の3案を再検討した結果、肥後大津駅分岐が「事業費、費用便益比で最も事業効果が高い」との試算結果を示した。

  • 豊肥本線肥後大津駅。「阿蘇くまもと空港駅」の愛称が付けられ、駅南口から「空港ライナー」(9人乗りジャンボタクシー)が運行されている

過去にもこの3案が検討され、2020年までに三里木駅分岐案にまとまったが、調査深度化で事業費が当初試算を大きく上回った。そのため、2020年に「いったん立ち止まる」と三里木分岐案を白紙に戻していた。

■所要時間と需要予測は三里木駅分岐案が上回る

熊本県が公開した「空港アクセス鉄道ルートの追加検討に係る中間的な調査概要について」によると、「三里木ルート」(三里木駅分岐)は概算事業費約490億円、整備延長約8.8km、熊本~熊本空港間の所要時間は三里木駅乗換えで約41分、需要予測は約5,800人/日、費用便益比は30年で「1.01」、50年で「1.18」になったという。

  • 新たに検討された3ルート(熊本県発表資料より)

「原水ルート」(原水駅分岐)は概算事業費約530億円、整備延長約9.1km、熊本~熊本空港間の所要時間は原水駅乗換えで約43分、需要予測は約4,700人/日、費用便益比は30年で「0.72」、50年で「0.82」。「肥後大津ルート」は概算事業費約410億円、整備延長約6.8km、熊本~熊本空港間の所要時間は直通運転で約44分、需要予測は約4,900人/日、費用便益比は30年で「1.03」、50年で「1.21」になった。

所要時間と需要予測は「三里木ルート」が優位。一方、低コストで費用対効果が大きく、直通運転も可能という点で「肥後大津ルート」が優位になった。「肥後大津ルート」の場合、日中時間帯に熊本~熊本空港間で快速列車を運行すると、所要時間が約39分となり、「三里木ルート」より短くなる。需要予測も約5,500人/日まで上昇する。「三里木ルート」の需要予測は、中間駅の近くにある県民総合運動公園の利用者(約400人/日)を含んでいるため、空港利用者としては「肥後大津ルート」が上回る。

  • 各ルートの比較表(熊本県発表資料より)

これらの結果から判断して、熊本県知事は「肥後大津ルート」を推す意向を示した。

ちなみに、「三里木ルート」が2020年にいったん白紙になった背景として、熊本県の概算費用約410億円に対し、鉄道・運輸機構の精査結果が約480億~616億円だったという事情もある。当初予測を大きく上回ったことから、他の交通モードも精査するため、「いったん立ち止まる」となった。このたび試算された「肥後大津ルート」の概算事業費約410億円は、熊本県の想定費用と一致する。

■「肥後大津ルート」復活の背景に大規模半導体工場

熊本県の資料によると、熊本空港アクセス整備は、「定時性」「速達性」「大量輸送性」の課題に対応するため、1997年以降、断続的に検討されてきたという。2004年の九州新幹線(新八代~鹿児島中央間)開業をきっかけとして、2005年度から鉄道延伸・市電延伸・IMTS(トヨタ自動車などが開発した磁気誘導式自動運転バス)等の交通システムを検討した。2006~2007年度には、「豊肥本線三里木駅から分岐延伸するルート」が検討された。しかし多額の費用に加え、熊本空港の利用者数に対して鉄道の需要が2,500人/日しか見込めなかったことから、2008年に検討を凍結している。

その後、熊本空港の航空便増加、訪日外国人旅行者を含めた旅客数の増加、空港周辺人口の増加、県民総合運動公園の利用者増などによって、推計需要量が6,900人/日に増加した。そこで2018年、空港アクセス改善の検討を開始。鉄道・モノレール・市電延伸など総合的に判断した結果、鉄道延伸が最も有力となった。さらに、熊本空港に近い「三里木ルート」「原水ルート」「肥後大津ルート」も検討した結果、県民総合運動公園の需要を見込める「三里木ルート」の費用便益比が「1.5」となり、「三里木ルート」の検討を深度化していくことになる。

2019年の調査では、「三里木ルート」を詳細化した4ルートについて検討している。このうち1つのルートに絞り、2020年に再検証した。この結果が思わしくなく、前述の通り「いったん立ち止まる」となった。ただし、検討凍結ではなく、調査検討は継続されている。改めて鉄道・モノレール・市電、そしてBRTも加えて検討した結果、やはり鉄道が最も効果的で、より早期に実現できる可能性が高いと結論づけられた。熊本空港アクセス鉄道は、ここまで一進一退のように見える。

そして2021年、新たな動きがあった。原水駅からバスで10分ほどの場所にある「セミコンテクノパーク」隣接地に、大規模な半導体工場ができる。TSMC(タイワン セミコンタセクター マニュファクチュアリング カンパニー)が過半数を出資し、ソニーセミコンダクタソリューションズ、デンソーも出資する合弁事業「JASM(ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング)」だ。

半導体新工場は2022年4月に着工済み。2024年から生産開始予定で、約1,700人の雇用を創出する。これにともない、豊肥本線熊本~原水間の通勤需要も増すと予想される。「三里木ルート」「原水ルート」「肥後大津ルート」の中で、可能性の低かった「原水ルート」が再検討された理由もJASM半導体新工場の誘致成功だった。なお、日本政府も新工場の誘致に関わっている。世界的な半導体不足で家電・自動車等の生産が滞りつつあり、日本国内の半導体生産が急務となっているからだ。

しかし、今回の調査結果でも「原水ルート」は突出できなかった。その一方で、「肥後大津ルート」は増加する通勤需要と空港需要を両方取り込んだ。肥後大津駅分岐案はJR九州も支持しており、2022年1月に肥後大津駅分岐を熊本県に提案している。

■残る課題は収支採算性、開業目標は2034年度以降

最も有力な「肥後大津ルート」にも問題がある。この事業は国の「空港アクセス鉄道等整備事業費補助制度」の補助金を見込んでいる。しかし、現在の枠組みでは国から18%、県から18%となっており、40年以内に黒字転換できない。ただし特例として、成田高速鉄道アクセスは国と県の補助が3分の1ずつになった。この枠組みだと36年(快速運行で30年)で黒字転換できる。半導体新工場を国が誘致したからには、その通勤ルートも国が支援してほしい。

今回の発表内容は調査結果の公表にとどまり、正式決定はもう少し先と思われる。そこから用地買収と環境影響評価等に4年、工事期間に8年、合わせて12年の事業になる。2022年度中に着手した場合、開業目標は2034年度以降と予想される。

半導体事業によって、熊本は国内各地のみならず、アジアからも注目されるはず。そのためにも、熊本空港の拡充と熊本空港アクセス鉄道の整備が必要だろう。