マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米ドル/円の状況について解説していただきます。


9月12日付け「米ドル/円は145円に接近、日本当局は円安を容認!?」で、当局は円安のスピードを問題視する一方で、円安の水準や方向性は容認しているのではないかと指摘しました。

13日に発表された米国の8月CPI(消費者物価指数)上昇率が市場予想を上回ると、FRB(連邦準備制度理事会)の利上げ観測が強まりました。円安に拍車がかかりそうな状況下で、さすがに日本当局は悠長に構えてはいられなかったようです。

日銀がレートチェック

14日には、為替介入の権限を有する財務省の神田財務官や鈴木大臣が相次いで、為替介入の選択肢に言及して円安をけん制。直後には日銀がレートチェック(※1)を行ったとの報道が流れ、すわ「介入の準備か」といった思惑が浮上しました。

(※1)日銀の担当者が為替ディーラーに対して、リアルタイムでの(米ドル/円の)相場水準をヒヤリングすること。

さらに、14日夜には、鈴木大臣の、為替介入について「やるときは間髪を入れずに瞬時に行う」、日銀と連携して「高い緊張感をもって市場の動向を見守る」とかなり強いトーンの発言もありました。

日銀がレートチェックを行ったとしても、必ずしも為替介入を行うとは限りません。当局者による口先介入が効果ない場合の、次のけん制手段と受け止めることも可能です。

日銀は長期金利の上昇を容認せず

なお、為替介入を行うかどうかの判断は、上述したように財務省の専管事項です。ただし、介入の水準やタイミングは日銀に委ねられています。14日には日本の長期金利(10年物国債利回り)が日銀の目標上限である0.25%を超えたので、日銀は国債購入オペを増額して長期金利を抑えようとしました。日銀が本気で円安を阻止しようとすれば、長期金利の上昇を容認したかもしれません。

為替介入があるとすればスムージングオペ

日本の当局者が問題視しているのは、あくまで「円安」のスピードであって、水準や方向性ではありません。日米の(あるいは日本と他の主要国との)政策金利差や金融政策の方向性、あるいは日本の長期的な経済の停滞というファンダメンタルズに基づけば、「円安」は妥当だと判断できそうです。したがって、「円安」を転換させようとする大規模な介入や国際協調介入の可能性は低いでしょう。あるとしても、せいぜい円安のスピードを調整するスムージングオペの範囲ではないでしょうか。

為替介入の効果は?: 98年の経験

米ドル/円の140円台は98年以来24年ぶり。過去30年間で米ドル売り円買いの介入が行われたのは、実は97-98年の1局面だけです。当時、円キャリー取引によって巨額の円売りポジションが作られて「円安」が急速に進行していました。

そして、財務省/日銀は97年12月17-19日、98年4月9-10日、同6月17日と米ドル売り円買いの介入を実施しました。いずれの場合も、約6-8円の「円高」になりましたが、効果は短命ですぐに「円安」基調に回帰しました(下図)。そして、米ドル/円は同8月11日にピークをつけ、8月17日のロシアのデフォルト(債務不履行)や9月23日のLTCM破たんを受けて急落しました。これは急激なリスクオフの動きの中で巨額の円売りポジションが一気に巻き戻ったためでした。つまり、為替介入だけではトレンドを転換できなかった(当局にもその意図はなかった?)と言えそうです。

  • 米ドル/円の推移(日足、円、97年11月1日-98年12月31日

なお、日銀が98年6月17日に介入を実施した直前の米ドル/円は146.780円。足もとの米ドル/円が145円を超えれば、次はその水準が視野に入るでしょう。その次はいよいよ過去30年の最高値である98年8月11日の147.710円です。