マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、ロシア経済と市場への影響について解説していただきます。


2月24日、ロシアがウクライナに対して武力行使を開始。ウクライナ全土を攻撃対象とする本格的な侵攻であることが明らかになると、当初は消極的だった米国やEU、英国などが経済制裁を次々と打ち出しています。経済制裁は、SWIFT(国際決済システム)からの排除や中央銀行の取引停止などを含む強力なものとなっており、ロシア経済にとって大変な打撃になるはずです。

ロシアの格付けが大幅引き下げ

3月2日、大手格付け会社のムーディーズとフィッチが、ロシアの格付けをそれぞれ6段階引き下げでジャンク級(投機的)としました。翌3日、同じくS&Pがすでにジャンク級だったロシアの格付けを8段階引き下げ、CCC‐としました。ブルームバーグによれば、CCC‐はS&P社が格付けを付与している130カ国中では最低水準で、デフォルトが近いと強く印象付けられます。

軍事大国・経済小国のロシア

言うまでもなくロシアは米国に次ぐ軍事大国です(核を除く軍事力では両者の差は大きいようですが)。一方、経済面ではロシアは米国のみならず多くの先進国に見劣りします。

ロシアの経済規模は世界11位

例えば、IMFによれば、2020年のロシアの経済規模(GDP)は、G7(米国、日本、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、カナダ)、中国、インド、韓国に次いで11位。ロシアのGDPは、1位米国の10分の1にも届きません。同じく一人当たりGDPでは66位(日本は24位)です。また、ロシアは、対外資産残高では22位、同純資産残高(資産-債務)では12位です。

ロシアの工業製品輸出の規模は小さい

UNCTADによれば、ロシアは輸出総額では世界16位ですが、石油輸出がサウジアラビアに次ぐ2位である一方、電気機器、コンピューター、産業機械などでは30位より下です。

まだまだデータはいくらでもありそうですが、要するにロシアは経済的には小国、少なくとも経済大国ではありません。

ロシアは本格的なリセッションも

14年のクリミア併合に対する欧米の経済制裁によって、ロシア経済はリセッション(景気後退)に陥り、金融システムは危機を迎えました。そうした苦い経験もあって、ロシアは経済の強靭化を進めており、経済制裁への耐性は高まっているようです。18年ごろまではロシアの対外債務は外貨準備を大きく上回っていましたが、原油価格の上昇にも助けられて現在は外貨準備が対外債務を上回っています。また、外貨準備では米ドルの比率を下げ、ユーロや人民元の比率を高めています。

強力な金融制裁

中国などがロシアを支援する可能性もあり、エネルギーや資源価格の高騰はロシア経済にとってプラスかもしれません。それでも、SWIFTからの排除や、中央銀行の取引停止など、金融制裁の威力はとりわけ大きいと思われます。いくら栄養を取ったつもりでも、それを体のすみずみに送る血流が不良なら体は衰弱するでしょう。経済制裁が長引けば、ロシアが本格的なリセッション(景気後退)に陥る可能性も高まりそうです。

ロシア国民は窮乏生活に耐えられるか

経済制裁が効果を発揮するまでには時間がかかるかもしれません。プーチン大統領は短期間でのウクライナ制圧を目論んでいるでしょうし、自身は強力な経済制裁を予期していたかもしれません。しかし、必ずしもウクライナ侵攻を支持しているわけではないロシア国民は、長い窮乏生活に耐えられるのか。国内の政治不安がプーチン政権を揺るがすことになるかもしれません。    

ロシアがデフォルトした98年の経験

ロシアは98年8月にデフォルトを経験しています。ロシア政府は98年8月17日にルーブル建て国内債務の不履行を宣言し、対外債務を90日間支払い停止としました。いずれもデフォルト(債務不履行)と定義されます(※)。加えて、ルーブルの対米ドル相場の許容変動レンジを拡大し、事実上のルーブル切り下げを行いました。

(※)ロシア政府は自国通貨建て債務を返済する能力はありましたが(理論上はルーブル紙幣を刷れば返済に困らない)、返済する意思を欠いていました。一般に、債務の履行は、債務者に返済の能力と意思があってはじめて可能になります。

ロシア財政悪化の背景

直接的には97年のアジア通貨危機のあおりを受けたと言えるかもしれません。アジア通貨危機によって、投資家がリスクを回避する傾向が強まり、新興国の資産は敬遠されました。また、世界経済にブレーキがかかり、原油をはじめ資源価格が下落し、原油を主な輸出産品とするロシアの貿易収支/経常収支は悪化しました。当時、ロシアはルーブルを米ドルに緩く結び付けるクローリング・ペッグを採用していました。95年4月に米国が利上げを開始、クリントン政権下でルービン財務長官が「強いドル」政策を打ち出していたため、ルーブルが割高になっていたことも影響しました。

大手ヘッジファンドが破たん

ロシアのデフォルトは市場に大きな影響を与えました。ルーブルの急落もあり、ロシアに対して債権を保有する欧米金融機関や投資家は損失を被りました。その中にはヘッジファンドも含まれていました。とりわけ、大きな傷を負ったのが米国のLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)でした。

LTCMは新興ながら、ノーベル学者を抱えて、驚異的なパフォーマンスを叩き出していました。しかし、ロシアのデフォルトによって、状況が一変。LTCMの戦略はアービトラージ(鞘取り)。オプションなどを用いた理論値からかい離した相場が理論値に戻ることを前提としたポジションを構築、高いレバレッジをかけることでわずかな変化から利益を得ていました。

LTCMは当時、ロシア国債が売られ過ぎと判断、ロシア国債の買いポジションと米国債の売りポジションを持っていました。ところが、ロシアがデフォルトしたことで、ロシア国債の買いポジションから巨額の損失が発生、さらにリスクオフから米国債が上昇(金利が低下)したことで米国債の売りポジションからも損失が発生、いわゆる「また裂き」となったのです。

急激な円高へ

そして、ロシアのデフォルトやLTCMの破たんは急激な円高をもたらしました。単に安全資産への逃避というだけでなく、巨額の円キャリートレード(金利の低い円資金を調達して外貨資産で運用すること)が巻き戻ったためです。米ドル/円はロシアがデフォルトする直前の8月11日の146.66円から10月8日の111.85円まで下落。とりわけ、10月5日から8日のわずか4日間で25円近く下落しました。

1998年と現在は違うのか

足もとで当時のような大規模な円キャリートレードは行われていないでしょう。それでも、ロシアがデフォルトした場合に、一時的にせよ市場で強いリスクオフが起こる可能性があり、十分に注意して事態をモニターする必要があるでしょう。