まもなくオープン一周年を迎える、茨城県笠間市の「道の駅かさま」。この道の駅では、デジタルサイネージに巫女姿のアバターを映し出すバーチャル観光案内システムが導入されている。笠間市が同システムを採用した背景にはどのような課題があったのだろうか?
観光案内は巫女姿のアバターにおまかせ!
茨城県笠間市で2021年9月にオープンした「道の駅かさま」は、笠間のゲートウェイ(玄関口)をコンセプトにした次世代型の道の駅だ。産地直送の農作物やお土産品を取りそろえた直売所「みどりの風」、笠間名物の"栗"を使ったスイーツを楽しめるカフェ&ショップ、地元食材を使用した料理が楽しめるフードコート、EV充電設備やキャンピングカーサイト、シェアサイクルポートなどを備え、来訪者に笠間市の魅力を発信している。
9月16日には「オープン一周年感謝祭」の開催も予定されており、今後の発展が期待される道の駅といえる。
そんな「道の駅かさま」を訪れた人を案内するのは、巫女の姿をしたアバターだ。総合ビルメンテナンスの会社である大成が提供する遠隔受付システム「T-Concierge」を採用し、NTT東日本 茨城支店の高セキュリティな通信網を用いて運用されているこのバーチャル観光案内システムは、「道の駅かさま」の大きな特長にもなっている。
先進的な取り組みともいえるバーチャル観光案内システムだが、笠間市はなぜこのシステムの導入を決めたのだろうか。笠間市、笠間観光協会、大成、そしてNTT東日本 茨城支店にその経緯と魅力を伺ってみたい。
非接触が求められる中で観光案内を行うには?
少子高齢化や地方の過疎化進行に加え、ここ数年のコロナ禍によって観光客の減少は著しい。この傾向は笠間市も例外ではなく、コロナ禍で非接触が求められ、同時に各観光案内所に十分な人手を割り当てられずにいた。
そのような状況の中、2020年1月にNTT東日本 茨城支店は遠隔受付システム「T-Concierge」を用いたバーチャル観光案内システムを笠間市に提案した。NTT東日本の豊後氏は、その理由として「離れた場所に居ながら、直接対面せずに、現地ならではの情報を発信できる」という特長を挙げる。
これに対し笠間市役所の関根氏は、バーチャル観光案内システムについての感想を述べた。
「オペレーターがひとりであっても複数拠点の来訪者に対応できるので、高効率な情報発信ができるのではないかと期待しました。サイネージの上部に設置されているWebカメラを通じて、観光案内システムを利用している方の人数や年齢を確認しながらご案内できるという点も魅力のひとつでした」(笠間市役所 関根氏)
バーチャル観光案内システムの採用が決まった後、実際の導入を進めたのは、提供元の大成だ。
「弊社は、デジタルサイネージやシステム周りの提供という形で参加しました。運用開始後は3拠点の設置工事、運用のサポートを担当し、実際に使用されるみなさま一人ひとりがアバターを動かせるようになるまで教えております」(大成 太田氏)
バーチャル観光案内システムの使い方は非常にシンプル。サイネージの画面上に表示された「聞く」ボタンを押せば、オペレーターが巫女さんアバターを通じて案内を行ってくれる。必要に応じて、画像や動画、地図なども表示される。「聞く」ボタンが押されることでオペレーター側に通知が届き、オペレーターは「応答する」ボタンを押して対応する。
アバターを介していることによって、オペレーターの「常に見られている」という意識を軽減できるだけでなく、他の作業を並行して行ったり、場合によっては在宅で対応したりといった働き方が可能となる。なお、オペレーターが対応してくれるのは10~17時の間であり、その時間帯以外は一般的なデジタルサイネージとして動作する。
苦労した導入工事とオペレーターの研修
こうして笠間市でのバーチャル観光案内システム導入が進められたものの、「道の駅かさま」以外の設置場所は2021年4月の段階でまだ決定しておらず、同時期に担当となった笠間市役所の関根氏は「場所の選定と工事に非常に苦労した」と話す。
「バーチャル観光案内システムの導入先は既存の施設と決まっていました。ですがシステムを安定稼働させるためには、NTT東日本さんの専用回線が必須です。最終的にはJR東日本・常磐線の『友部駅』と『岩間駅』に設置することになったのですが、施設内部にその回線を通すのが一番苦労した点です。もちろん、JR東日本さんの許可も求められました」(笠間市役所 関根氏)
これと同時並行で2021年6月から行われたのが「笠間工芸の丘」「エトワ笠間」での試験運用だ。この時期にはまだアバターの姿が決まっておらず、まずは「T-Concierge」の標準アバターでオペレーターに慣れてもらいながら、約1カ月間にわたり検証が行われたという。
「アバターをどういうモデルにするべきかは非常に悩みました。観光課内でも意見が割れまして、最初はかわいらしいキャラクターや、笠間コンシェルジュの制服を来たアバターも提案されました。ですが、オペレーターは全員女性です。違和感なくご案内できるということで、最終的には笠間の一大観光スポットである笠間稲荷神社の巫女さんに落ち着きました」(笠間市役所 関根氏)
巫女さんのデザインは大成が制作したもの。オープン前に一度修正が行われており、巫女という職業の伝統に則った服装や髪の結い方をしっかりと再現したそうだ。
もちろん、巫女さんの声を担当する笠間観光協会のオペレーターも、アバターを通じた観光案内は初めての体験。オペレーター側も最初は戸惑いがあったと笠間観光協会の小松崎氏は話す。
「オペレーターはみな、直接対面しての観光案内は得意です。しかし画面を通した説明でいかに来訪者の方にわかっていただけるかは未知数でした。また、タブレットやスマートフォンの操作があまり得意でないスタッフも多いので、何度も研修を重ねました。しかし、基本操作は思いのほか簡単で、いまでは誰もが使えるようになっています」(笠間観光協会 小松崎氏)
また、対面ではないということもあり、年配の来訪者を案内しにくいケースもあるという。
「観光スポットを案内する際、画面上に地図を出し、案内する機能があるのですが、来訪者の方がサイネージ上の地図を指差してもオペレーターに見えないため、デジタルサイネージの近くに設置している、地図が印刷されたパンフレットを見ていただきながら案内することがあります。また、QRコードをスマートフォンで読み取ってURLを送る機能があり、例えば案内に合わせたGoogleマップの情報を提示することもできるのですが、こちらは年配の来訪者になかなか存在に気づいてもらえません」(笠間観光協会 小松崎氏)
アバター登場に来訪者の反応は?
バーチャル観光案内システムは、さまざまな苦労を経て「道の駅かさま」のオープンとともにお目見えを果たした。巫女さんのアバターで観光案内を行うという新しい取り組みに対して、来訪者はどのように反応するのだろうか。
「実際にボタンを押してくれる方は結構いらっしゃいます。しかし、急にアバターが現れて話しかけられるとビックリされて、カメラに映らない範囲に消えてしまう方が多いのです。巫女さんの姿がパッと出てくるあの瞬間の演出をなにか考えられればなと思っています」(笠間観光協会 小松崎氏)
こういった笠間観光協会の意見を受け、大成の渡利氏は次のようにコメントを返す。
「アバターが出てくることは非日常という印象があると思いますので、やはりなかなか話しにくい面はあると思います。アバターをエンタメの要素として使っていただけると良いかもしれません。また、それによってアバターを使った街おこしという貢献ができる可能性もありますね」(大成 渡利氏)
9月16日からは一周年感謝祭が開催
新型コロナウイルス感染拡大の防止を主目的として導入されたバーチャル観光案内システム。笠間市役所の関根氏は、最後に一年の利用を経た感想とともに、来訪者へメッセージを送った。
「当初の目的である、対面による応対を回避できるものが作れたと思っています。気軽に声をかけていただくことが大前提なので、9月16日から開催される一周年感謝祭に合わせてもう一度バーチャル観光案内システムをPRしたいと考えています。今後は、小さなお子さんなど向けに、アバター側から話しかけるような応対も行ってみたいですね。昨今は再び新型コロナウイルスの勢いが増し、観光産業も大きな影響を受けています。これからも、安全安心で快適な観光地作りに取り組んでいきますので、みなさまもぜひ一度、笠間市にお越しください」(笠間市役所 関根氏)