マザーグースの『10人のインディアン』は10人のインディアンがだんだんいなくなっていく歌。楽しそうな楽曲だが歌詞は仄暗い。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)の第29回「ままならぬ玉」(脚本:三谷幸喜 演出:中泉慧)は、この歌のように、愉快なトーンからこわいトーンにふっと切り替わってゾクリとなった。

  • 『鎌倉殿の13人』第29回の場面写真

鎌倉殿こと源頼家(金子大地)を補佐する13人の御家人たちは早くも9人に。第28回で中原親能(川島潤哉)が鎌倉を去り、梶原景時(中村獅童)が討たれ、第29回では安達盛長(野添義弘)と三浦義澄(佐藤B作)らじいさんたちが高齢のため世を去った。

これからどんどん消えていくばかりで、トーンが重たくなりそうだからか、なぜかこの回は笑い多め。前半と後半、面白い場面が2つあった。

まず義澄の死。「一緒に行こう」とすがりついて、それを時政(坂東彌十郎)が全力で拒否して、そのまま亡くなってしまう。そんな~……と思うけれど、演じているのが喜劇人・佐藤B作なので、こういう終わり方がふさわしいのかもしれない。

義澄と時政は第8回で富士川の闘いのきっかけを作った同士である。『吾妻鏡』や『平家物語』では水鳥の羽音に平家が驚いたように書かれていて、その羽音の原因を作ったのは2人のけんかだった。あの頃と変わらず、最後までにぎやかな2人。でも友情は深いのだと思う。時政と義澄らしいお別れだった。

一方、安達の死の瞬間は描かれない。だいぶ老いた様子で、ひだまりでうとうとしている姿がラストカット。最後まで頼朝(大泉洋)に忠実で真面目な人物として描かれた。頼朝には安達のような最後までついてきた人物がいたが、頼家にはいない。それは彼が誰のことも信じようとしないからだ。

こうして13人は北条時政、北条義時、和田義盛、比企能員、足立遠元、八田知家、大江広元、三善康信、二階堂行政の9人となり、第29回ではそれ以上は減らない。だが、景時がいなくなったため北条と比企の対立が激しくなっていく。そこに巻き込まれたのが全成(新納慎也)である。

りく(宮沢りえ)に焚き付けられた時政に依頼され、全成はしぶしぶ人形をつくって頼家(金子大地)に呪いをかける。無数の木彫りの人形がこわい(特に目つきが)。

呪いの効果をあげるため、頼家の髪の毛を手に入れようとして全成が館に忍んで行ったとき、頼家と蹴鞠の師匠・平知康(矢柴俊博)が井戸にはまる惨事が起こる。居合わせた義時ひとりで助けようと奮闘するのを見過ごせず、全成が助け舟を出す。

このときの義時の表情がすごい。叫び方もなんだか芝居がかっている。深刻ながら、コントのようで(井戸にハマって井戸からコウモリが無数に飛び出してきたり「なにか縄のようなものはないか」「縄 短い!」「縄のようなものはないが縄があったぞ」というセリフがあったり、ドタバタなのだ)、筆者は声に出して笑ってしまった。

小栗旬の目をむいた表情は、『鎌倉殿の13人』29回分のなかで最も熱演のように感じた。映画『銀魂』などではほかの俳優が顔芸合戦をするなかで小栗は控えめだなと感じていたのだが、『鎌倉殿』でこんな面白い顔が見られるなんて。これこそいい意味の裏切りではないだろうか。筆者はずっと義時、暗躍説派なのだが、ここでやっぱり、『鎌倉殿』の義時は闇落ちしないような気がしてきた。井戸事件も、このまま頼家を亡き者にできたかもしれないという見方もできるが、義時のやることなすこと裏目に出るという宿命と見ることもできる。

例えば、息子・泰時(頼家に名付けられて頼時から改名)が義村(山本耕史)の娘・初(福地桃子)に「面白くない」と軽んじられているのを見て、2人の仲を取り持とうと、「おなごはキノコが好き」と誤情報を与えてしまう義時。そう信じて疑わない義時は八重(新垣結衣)にキノコを大量に届けたが彼女が好きではなかったという残念な出来事があった(第10回)。

どんなに出世しても義時の素朴さは変わっていない。驚き方や頑張り方が第29回では本当に素朴だった。

さて、全成。頼家を助けたことで、叔父と甥としてほっこりした会話を交わし合う。鎌倉殿の座を奪い合う立場ではあったが、全成は権力争いから距離をとろうとしている。一時は夫を鎌倉殿にと野望を抱いた実衣(宮澤エマ)も、全成との穏やかな生活を望み、2人は改めて愛情を確かめ合う。とてもいい場面で、かかる劇伴もいい感じなのだが、その穏やかさを破る出来事が――。ラストに、はッ! となった。

今回、はッ! となったのが3回。義澄の死と、井戸にハマった知康と、このラスト。ホップ、ステップ、ジャンプじゃないが、最後のこの場面のために、三谷幸喜氏は2つの驚きの場面を準備していたのではないかと思う。だからこそ、小栗旬は懸命にユーモラスな演技をして、視聴者の気を逸していたのではないか。

この見事な流れの第29回でもう一つ注目は、善児(梶原善)が宗時(片岡愛之助)を暗殺したときに奪った巾着である。義時が景時から預かっていたものを善児に手渡すのだが、袋に入っていて中がわからない。「見ました?」と善児が聞くと、見ていないと答える義時の微妙な間。はたしてこれはミスリードだろうか。兄の遺品であることを知れば兄を殺したのが善児だとわかるわけだが……。義時は何をどこまで知っているのか気になってならない。『鎌倉殿』の最大の謎は義時だ。この描き方は成功していると思う。

(C)NHK