JR東海の新型車両HC85系が7月1日、特急「ひだ」でデビューした。同社初となるハイブリッド方式を採用した車両ということもあり、鉄道ファンを中心に注目を集めている様子。実際に名古屋駅から高山駅まで乗車し、HC85系の乗り心地を確かめた。

  • 新型車両HC85系で運転される特急「ひだ」。8月から上下各3本がHC85系による運転となる

■ハイブリッド式車両で国内最速、120km/hで走行

HC85系の特徴は、駆動システムにエンジンと蓄電池(バッテリー)を組み合わせたハイブリッド方式を採用していること。特急「ひだ」で長らく活躍してきた特急形気動車キハ85系の場合、変速機・推進軸を通じてエンジンの動力を伝えることにより、車輪を動かしていた。一方、HC85系はエンジン発電機の電力と蓄電池の電力を使い、モーターを動かすしくみになっている。蓄電池はブレーキ時にためた電力を利用する。

1両あたりのエンジン数も異なり、既存のキハ85系は1両あたりエンジン2機だったが、HC85系は1機のみとなった。HC85系では、鉄道用として国内で初めてモーターと発電機に全閉式永久磁石同期機を採用。エンジン出力を車輪に伝える効率が大幅に向上した。

ハイブリッド方式の採用により、排気ガスの抑制にも大きく貢献する。燃費も、キハ85系と比べて35%以上も向上するという。駅停車時のアイドリングストップにより、騒音の抑制も実現している。最高速度は120km/hとされ、ハイブリッド方式の車両としては国内最速を誇る。

  • 2019年12月にHC85系の試験走行車が落成。報道公開では、既存のキハ85系と並んだ(編集部撮影)

2019年12月に試験走行車が登場し、本線走行試験など実施。基本的性能に問題がないと確認されたことから量産車の製造が開始され、7月1日に特急「ひだ」でデビューした。

■HC85系の導入で、特急「ひだ」はより快適に

2022年7月の時点で、HC85系を使用する列車は下り「ひだ1・17号」と上り「ひだ4・10号」。8月1日から下り「ひだ15号」と上り「ひだ2号」も加わり、HC85系を使用する列車は上下各3本となる。筆者は7月下旬の休日、名古屋駅から下り「ひだ1号」に乗車。高山駅をめざすことにした。

「ひだ1号」は名古屋駅を7時43分に発車する。自由席車両は1両しかないとのことで、早めにホームへ行って列車を待った。ホーム上では、HC85系のイラストが入った乗車位置番号ステッカーも見られ、これからHC85系が「ひだ」の新たな主役になることを実感する。7時33分、HC85系が6両編成で入線。新型車両ということもあり、多くの人が集まった。

HC85系は特急「ひだ」「南紀」に使用されることを想定し、飛騨・南紀地区をイメージした「和」をコンセプトにしている。車体前面は丸みを帯びたデザインとなり、前面から側面にかけて、JR東海のコーポレートカラーであるオレンジ色のラインがよく目立つ。側面にフルカラーLED表示器が設置され、行先などがくっきりと見えやすくなり、なんとも頼もしい。

停車中のHC85系から低音のエンジン音が聞こえたが、隣のホームに停車しているキハ75系と比べて、明らかに静かだと感じる。ディーゼルカー特有といえる排ガスの臭いも感じられなかった。

  • HC85系の普通車。各座席にコンセントを設置し、客室内に大型の荷物棚もある(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

  • バリアフリー設備として、車いすスペースを1編成に3カ所設置。車いすスペースにもコンセントを用意している(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

普通車のコンセプトは「明るいワクワク感」。オレンジ色の座席ということもあり、全体的に明るい印象だった。一方で、壁面に木目調を取り入れたこともあってか、浮ついた印象はない。客室内の端部に大型の荷物棚を設置しており、筆者が利用した列車でもスーツケースが置かれてあった。

座席はシンプルなつくりに。背もたれが少し高く、まだ登場したばかりということもあるかもしれないが、キハ85系と比べて少し硬いように感じられた。とはいえ、全体的には十分に合格点を与えられる座席であり、長時間の乗車でも問題ないだろうと思えた。

  • HC85系のグリーン車。「落ち着いた上質感」をコンセプトにデザインされ、読書灯やスライド式大型背面テーブルなどさまざまな機能を加えている(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

「ひだ1号」は定刻通り名古屋駅を発車。岐阜駅で進行方向が変わるため、車内の座席は名古屋駅から岐阜駅まで進行方向と逆向きになる。

車内放送が始まる前にかかる車内チャイムは、国鉄時代のディーゼルカーでよく聞かれた「アルプスの牧場」だった。国鉄時代を知らない世代とはいえ、筆者もこれには驚いた。HC85系で聴ける「アルプスの牧場」は、音楽デュオ「スギテツ」による現代版アレンジだという。昭和をほうふつとさせる演出に「和」を感じた。

客室内の案内表示器を見ると、停車駅案内などに加え、HC85系の駆動システムをイラストで表示している。エンジンと蓄電池(バッテリー)を使って走行するHC85系だが、イラストを見ながら、つねに両方同時に使用されているわけではないことに気づく。

  • 客室内の案内表示器を使い、HC85系の駆動システムを紹介している(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

8時4分、岐阜駅に到着。進行方向を変えて発車する際、アイドリングストップ対応の乗用車のようなブルッとした震えを感じ、停車している間にアイドリングストップを行っていることに改めて気づいた。ちなみに、エンジン停止時の車内照明や空調等は蓄電池の電力を使用しているとのこと。

岐阜駅から高山本線に入り、進路を北に変える。HC85系は加速時においても、従来のディーゼルカーとは段違いに静か。エンジンと車体にある二重化した防振ゴムのおかげで、エンジンからの揺れも少ない。高山本線をしばらく走っていると、自動放送に続き、地元高校生による沿線案内が行われた。デビュー間もない新型車両に対し、沿線の人々も協力していることが感じられ、好感を持てた。

太多線や長良川鉄道と接続する美濃太田駅に到着し、8時27分に発車すると、山肌が迫った車窓風景となり、進行方向右側に飛騨川を見られる。駅通過時に徐行する以外は、快走と表現できる走りっぷり。キハ85系ほどではないものの、HC85系の窓も大きく、飛騨の景観を思う存分楽しめる。

9時25分、下呂温泉の玄関口である下呂駅に到着。週末だけに多くの観光客がここで下車した。

  • 美濃太田駅から先は風光明媚な車窓風景が広がる(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

ところで、長時間の乗車だと、どうしてもスマホをはじめとする電子端末のバッテリー容量が気になるところ。HC85系では、普通車においても座席の肘掛部にコンセントが設置されている。無料Wi-Fiも使用できるため、ビジネス利用でも既存のキハ85系より便利になったといえるだろう。

HC85系に限らず、特急「ひだ」での注意点といえばトイレ使用時。高山本線はカーブやポイントが多いため、どうしても車内を移動する際に揺れを感じる。こればかりはHC85系でもいかんともしがたく、車内移動時には十分に注意したい。トイレを使用する際、デッキ部に設けられた「ナノミュージアム」で沿線の伝統工芸品を鑑賞した。

  • 車内のデッキ部に設けられた「ナノミュージアム」(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

  • 高山駅に到着したHC85系。非電化区間を走る車両だが、電車と同じ「クハ」「モハ」「クモロ」などを使用している点も注目される(2022年5月の試乗会にて、編集部撮影)

10時16分、「ひだ1号」は終点の高山駅に到着した。名古屋駅から約2時間30分の旅路だったが、快適な車内のおかげもあり、疲れを感じなかった。筆者が音に敏感な体質ということもあるのだが、やはり静かな車内が快適な旅行に寄与したように思えた。

■快適性で高速バスと勝負できるか

それでは、新型車両HC85系のデビューにより、特急「ひだ」が今後も安閑としていられるかと言われると、そうでもないだろうと思われる。名古屋~高山間は高速バスと競合している。同区間の高速バスは名鉄バス、濃飛バス、JR東海バスによる共同運行便として、1日上下各9便を運行。名古屋駅から高山濃飛バスセンターまでの所要時間も、特急「ひだ」とさほど変わらない。同区間の運賃は大人3,100円で、特急「ひだ」の普通車自由席より2,500円ほど安い。

JR東海では、発駅から飛騨地方までの往復に便利なフリーきっぷとして、特急「ひだ」の普通車指定席を利用でき、JR東海フリー区間内(飛騨金山~飛騨古川間)で乗降り自由となる「飛騨路フリーきっぷ」を販売している。加えて、名古屋駅で東海道新幹線から特急「ひだ」へスムーズに乗り継げるように工夫されている。

名古屋~高山間において、高速バスと競争を繰り広げているJR東海としては、新型車両HC85系の快適性をアピールしたいところ。今後の同車両の活躍に期待したい。

  • 新型特急車両HC85系の座席(グリーン車・普通車)とおもな車内設備