「世紀の一戦」那須川天心vs.武尊(6月19日、東京ドーム『THE MATCH 2022』から1週間余りが過ぎた。激闘の余韻が残る中、敗れた武尊が公の場に姿を現した。現役引退か、闘い続けるのか─。

  • 6月19日、東京ドームのリングで那須川天心と闘い打ち合いに持ち込もうとする武尊(右)。しかし、ダウンを奪われた末に0-5の判定で敗れた(写真:THE MATCH 2022)

注目が集まった記者会見で武尊は言った。「しばらく休養して心とカラダのコンディションを正常に戻したい」と。引退はしない。それは「目標を見つけ出せたから」。彼が会見で語ったこととは? そして「次なる挑戦」とは?

■「ありがとう」と言われて

「試合が終わってから1週間が経ちました。試合後は(負けたことのショックが大きく)インタビューもまともに受けられず、僕の口から応援してくれた皆様にお礼を言うこともできなかった。自分の気持ちを話したいと思い、今日改めて会見を開かせていただきました。
試合後の数日間、僕の中でいろいろな想いがぶつかり合っていました。毎日気持ちが変わり、凄く落ち込むこともあり、夜も1、2時間しか眠れない日々が続いたんです。そんな僕を救ってくれたのは、SNSを通じて届くファンの方からの温かいメッセージでした。

僕は負けました。勝者がスポットライトを浴び、敗者は静かに去る。それが僕の中でのイメージでした。なのに花道にたくさんファンの人が集まってきてくれました。応援してくれた人たち、信じてくれていた人たちに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。でも『ありがとう』と言ってもらえた。その後も、『ありがとう』とメッセージが、いっぱい届いた。本当に一生忘れません。あの時にもらった『ありがとう』という言葉は、この10年間、勝ち続けてきた時のどんな『おめでとう』よりも嬉しかった。

さまざまな想いが自分の中で交錯した末、ここで格闘家としての歩みを一度ストップすることを決めました。心とカラダのコンディションを正常に戻し、その後に新たな挑戦をしたいと思います。K-1のベルト(スーパー・フェザー級王座)は、この場で返上します」

  • 記者会見で「現在の心境」と「これから」を話す武尊(写真:K-1)

6月27日、東京・千代田区内のホテルで開かれた記者会見。その冒頭で武尊は約20分間、自らの想いを話した。

応援してくれたファンへの感謝の気持ち、休養宣言、公表していなかった多くの怪我について、那須川天心への想い、うつ病とパニック障害で苦しんだこと、闘いに挑む前の状況、そして「これから」についても。

■休養後に総合格闘家転向か

その中で強く印象に残ったのは「負けて気づいたことがある」とのくだりだった。
武尊は言った。
「今回の試合で、この10年間勝ち続けてきた中で気づけなかったことに気づけ、知らなかった部分を知ることもできました。これまで勝っても報われることがなかった。なのに今回、たくさんの人から『ありがとう』という言葉をもらい、報われたと思えました」

那須川天心に挑戦表明を受けてからの7年間、武尊はずっと苦しく、また孤独だったのだろう。
K-1のリングで強敵に勝利しても、観る者の反応が冷ややかだと感じていたからだ。
「おめでとう」
応援してくれたファンから、そう言われる。でも祝福の言葉の後に「それで、いつ那須川天心と闘うの?」と聞かれてしまう。アンチからは勝利の後も「天心から逃げてんじゃねえぞ!」と罵られた。

辛かったと思う。
だから、必死になって那須川天心との試合を実現させるために奔走した。レギュレーション、ルールを含めた条件も自らにとって不利なものとなったが、それでも「闘いを実現させて、何が何でも勝つしかない」と邁進した。

結果、完敗。
その瞬間、武尊はすべてを失ったと絶望したはずだ。
「やっぱり天心より弱かったんだ」「ざまあみろ」
罵声も覚悟した。結果を受け容れ切ることができず、悔しくて泣きながら控室に戻ろうとしていた。
そんな時、「ありがとう」との声が聴こえた。
(負けたらすべてを失う)
そう思い常に恐怖を感じリングに上がり続けていた武尊にとって、「負けて気づいたこと」はかけがえのないものだったのだ。結果だけではなく、そこに至る熱き想い、努力を理解してもらえたことが何よりも心に響いたのだろう。だから彼は「もう一度、立ち上がろう」と決意できた。

  • 会見は約1時間に及んだ。休養宣言をした武尊だが、引退は否定。再起は来年になりそうだ(写真:K-1)

武尊はこの後、海外で心とカラダのコンディションを回復させることになる。
そして、「次なる挑戦」に向かう。それが何かについての明言は避けたが容易に想像がつく。 MMA(総合格闘技)ファイターへの転向だろう。ボクシングのリングに上がる那須川天心とは異なる路を歩むつもりだ。
武尊「第1章」は、熱狂の東京ドームで終わった。
「第2章」の幕開けは来年だろう。「世紀の一戦」で負けたことは、彼をメンタル的に強くしたのではないかとも思う。武尊の闘いは続く─。

文/近藤隆夫