世の中に星の数ほどある「仕事」。その仕事の中で実際にあった出来事、誰かの忘れられないエピソードを短い小説に仕立てていきます。

第1回は、臨床心理士として働く梶本さん(仮名・51歳)が出会った「どうしても嫌いになれなかった患者さん」の物語。

第1話 臨床心理士「さじを投げられた人」

  • ※画像はイメージです。

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忘れられない人となると、仕事をはじめた頃の人になる。

僕が社会に出たのは29になる歳。大学にずるずるいて、大学院にも行って、修士課程が2年、博士課程が3年。大学ではずっと心理学を勉強していた。

当時は『羊たちの沈黙』が流行っていて、警察でプロファイリングの仕事なんてできたらなと思っていたけど、当然そんな都合のいい話はない。歳も歳だしどうしようと思ってたら、大学の教授から「精神病院はどうだ?」と勧められた。ちょうど臨床心理士という資格ができるタイミングで、1年くらい実務経験を積めば資格がとれるらしい。

それで面接を受けてみると、驚くほどあっさり採用された。それまで医療にも精神病にもまったく興味なかったのに、僕は心理士として社会人デビューすることになった。

最初に命じられたのは訪問看護の仕事だった。看護師と一緒に患者の家を訪問し、主治医の書いた指示書に従って治療や生活をサポートする。

あとで聞いたら、どうやら僕が採用されたのは男性職員がほしかったかららしい。訪問看護はいろんな家に行くが、女性看護師だけだと危険を感じることもある。だからボディガード代わりに若い男性をつけておこう――病院はそんな感じだし、僕も僕で「とりあえず話を聞いてりゃいいんだろう」くらいの気持ちだから、ものすごくゆるいスタートである。

でも仕事はいきなりつまずいた。訪問看護なのに家に入れてもらえない。家に入れず病院に帰ったら、主治医から「おまえ何しに行ったんだ!」と怒られた。

 当時僕が訪問看護で任された仕事のメインは、病院に定期的に来れない人、規則的な服薬ができない患者の様子をチェックすることだった。重篤な患者は入院が必要だが、家で暮らしているということはある程度社会生活が送れているということでもある。その代表格がアルコール依存症の患者で、精神疾患を抱えて外出や通院が難しくなっている人もいる。

だから僕が行って「またお酒飲んでますね。ダメじゃないですか」なんて説教しようものなら、ぴしゃりと戸を閉められて次の訪問時には玄関の鍵さえ開けてもらえなくなる。そうなると僕はまた主治医に怒られる。

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とにかく患者と仲良くならないといけない――僕はひとまずうるさいことは言わず、患者の信頼を得て家にあげてもらい、「お酒は減らした方がいいですよ」「健康に気を付けた方がいいですよ」とゆるゆるうながしていく作戦をとることにした。

そこでいろんな人に会った。

ほとんどの人が生活保護を受けていて1日中家にいる。これは僕の経験則だが、アルコール依存症の人はきれい好きのミニマリストが多い。「部屋にカビをはやさないためには畳に酢を塗ればいいんだ!」という信念の下、せっせと畳に酢を塗り込むおじさんもいた。夏場は臭いが強烈で、平静を保つだけで精いっぱいだった。

 いろんな人に会った。看護師や病院の人からものすごく嫌われ、さじを投げられた人も少なくなかった。だけど僕は意外とそんな人たちが嫌いになれなかった。むしろ「オレがなんとかしなきゃ!」なんて思ったりした。

そのひとりが高瀬さん(仮名)だ。彼はギャンブル中毒だった。生活保護を受給したら衝動的にギャンブル(パチンコ)に使ってしまい、全額使い切ったら「もう死ぬ!」と薬を大量に飲んで救急車で運ばれてくる。それで次の生活保護が出るまで入院して、お金が入る時期になると「もう大丈夫です」と退院して、またパチンコ⇒服薬⇒入院……。毎回同じ。何度更生を誓っても、そのたびに裏切られる。だから、みんな嫌いになる。

でも僕は彼を嫌いになれなかった。高瀬さんは僕より10歳くらい上で当時40歳前後。なのに「ちょっと聞いてくださいよ」「マジでやれませんよ」と敬語で話すから、後輩みたいな感じがする。高校時代に野球をやっていて身体がガッチリしている。上下関係にとても厳しい。笑顔がちょっとかわいい。

高瀬さんとは長く続いた。一時は正社員として会社に勤めたりもしたが、毎回挫折してしまう。彼女ができて、彼女にいいところを見せようと仕事をはじめるが、最終的には救急車で運ばれてくる。

僕は高瀬さんの担当だったので、主治医から「あいつをなんとかしろ!」と詰められた。僕は真剣に考えた。生活保護⇒パチンコ⇒服薬⇒入院⇒生活保護⇒パチンコ⇒服薬⇒入院……毎回この繰り返し。だったらひとまずこのルーティンの一角を崩したらどうだろう?

「高瀬さん、パチンコはやってもいいです。入院もいいです。でも薬をたくさん飲むのはやめましょう。身体に悪すぎます。もし入院が必要なら僕が院長先生に直接頼みます」

そう提案してみた。高瀬さんも真剣な表情で同意してくれた。

ところが高瀬さんは翌月また薬を飲んで救急車で運ばれてきた。今のやり方のままじゃダメだと思った。

僕はある作戦を携えて院長室に向かった。

数日後の昼休み――病院の中庭にある喫煙所で、僕は入院中の高瀬さんとタバコを吸っていた。そこに院長がやってきた。院長はタバコをふかしながら、僕にイヤミを言いはじめた。口調は次第に激しくなった。

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「きみは高瀬さんの担当だろ? ちゃんと話を聞いてやれよ。高瀬さん、また入院してるじゃないか!」

そこに高瀬さんが割って入る。

「先生は悪くないんです。先生はいつも話を聞いてくれます。悪いのは僕なんです!」

「高瀬さんは気を使わなくてもいいですよ。患者を支えるのが彼の仕事なのに、それができてないんだから彼の責任です」

「そんなことはないです。悪いのは僕ですから!」……

それは僕と院長先生が仕掛けたお芝居だった。僕は高瀬さんの意識を変えるため、高瀬さんの前で僕を怒ってくれるよう院長にお願いしたのだ。

もちろん高瀬さんはそんなことは知らない。高瀬さんは自分のせいで僕が怒られていると本気で思っていた。

それ以降、高瀬さんは救急車を呼ぶことをやめた。相変わらずパチンコで散財するし、仕事はすぐに辞めるけど、薬の大量摂取はやらなくなった。普通に病院に来るようになった。

結局高瀬さんとのつきあいは僕がその病院をやめるまで15年くらい続いただろうか。最終的に高瀬さんは働くことをあきらめた。入院も来院も減っていった。別にギャンブルをやめたわけではない。気分の浮き沈みが緩やかになり、生活全般がトーンダウンして大崩れしないところで留まれるようになったのだ。

一度、街中でひとりで歩いている高瀬さんを見かけたことがある。帽子を目深にかぶり、足早に歩いていた。僕が知っている高瀬さんとは別人で、戦場に放り出された子どものようなおびえた表情をしていた。高瀬さんにとって病院はまだ安心できる場所だったのかもしれないと思った。

高瀬さんが今は幸せにすごせているといいなと思う。

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