5万6399人の大観衆が見守る中で開催された『THE MATCH 2022(6月19日、東京ドーム)』のメインエベントで、那須川天心(TARGET/Cygames)が武尊(K-1ジム相模大野クレスト)に判定完勝を収めた。

  • 1ラウンド後半、カウンターの左フックで那須川天心が武尊からダウンを奪う。ドーム内が熱狂に包まれた(写真:THE MATCH 2022)

勝者にも敗者にも熱きドラマがあった。この夜の熱狂は、観る者の心に深く刻み込まれたことだろう。翌20日には、東京ドームホテルで勝者の一夜明け会見が行われている。そこで那須川天心が話したこととは? 彼の勝因は? 敗れた武尊の今後はどうなる?

■リング上で両雄が交わした言葉

「いつもはよく眠れるのに、昨夜は一睡もできませんでした。この心地よい興奮から醒めたくなかったのかもしれません。だから、僕の中ではいまも6月19日です」
決戦翌日の6月20日、東京ドームホテルでの一夜明け会見で那須川天心はそう話しながら笑みを浮かべた。

  • 決戦翌日の一夜明け会見で試合を振り返り、今後についても話した那須川天心(写真:SLAM JAM)

『THE MATCH 2022』のメインエベントでの「世紀の一戦」は、那須川天心の圧勝に終わった。
私は武尊の勝利を予想したが、逆の結果になった。気持ちを前面に押し出して闘う武尊が、最終的には打ち合いに持ち込むと思ったがそうはならず。両者のスピードが違い過ぎた。
1ラウンドから那須川が素早いステップワークとテクニックで武尊を翻弄。抜群のタイミングでカウンターの左フックを当てダウンを奪うと、その後も那須川がペースを握り続ける。 最終の3ラウンドには、武尊も一発を狙って果敢にパンチを振るうもいなされ、そのまま終了のゴングが打ち鳴らされた。
採点は5-0(3者が30-28、30-27、29-28)。

歓声とため息。その後、万雷の拍手─。
「出会えてよかったです」と那須川。
「ごめんな本当に。頑張ろうな、お互い」と武尊。
ふたりは、ともに涙を流しながらリング上で抱き合った。
武尊の「ごめんな」は、すでにプロボクシング転向に心が傾いていた那須川を引き止め、今回の闘いを実現させたことを意味したのだろうか、それとも─。

  • 激しく打ち合った両雄。だが、スピードとテクニックで那須川天心(右)が優った(写真:THE MATCH 2022)

■「完璧な形で第1章が締められた」

那須川の勝因は3つあったように思う。
1つ目は、試合のルール交渉を優位に進めたこと。
契約体重事項に「当日の体重戻し制限」を求めるなど、レギュレーションの話し合いで一切の妥協をしなかった。ルールを自らが有利になるように固めた。すでに、ここから闘いは始まっていたのだろう。この辺りには、試合実現のために那須川サイドの要求を受け容れざるを得なかった武尊の不利もあった。

2つ目は、父でありジムの会長である那須川弘幸氏を中心に「チーム天心」が武尊を徹底研究し作戦を立てたこと。
「武尊選手に対してだけで、ノートが3冊になった」と弘幸氏。
武尊は、試合がヒートアップすると表情に笑みを浮かべる。その直後に、どのような攻撃を仕掛けてくるかまで念密に考察、いかなるパターンになっても対処できるように準備していた。これにより、那須川は冷静に想定通りに闘うことができたのだ。

3つ目、これが最大の勝因だったと思う。
完璧なコンディション調整ができたこと。動きが、キレッキレだった。ここ数年で最高の状態だっただろう。ボクサー転向のために始めていた練習を一度やめ、キックボクサー仕様に戻し、さらにスピードに磨きをかけていた。ここ一番にピークに持っていく調整力はさすがだった。最高の状態が作れていたからこそ、ダウンを奪った左フックを繰り出せたのだ。

「完璧な形で那須川天心の第1章を締めることができました。少し格闘技から離れカラダと気持ちを休めてから、第2章をスタートさせます」
一夜明け会見で那須川は、そうも力強く言った。

この試合を最後にキックボクシングから離れる彼の「第2章」とは、プロボクシングへの挑戦だ。目指すはもちろん世界チャンピオン。本人は明言を避けたが、帝拳ジムに入門することがすでに決まっており近々プロテストを受験、早ければ年内、もしくは来春にデビューすることになるだろう。神童の新たな闘いも注視したい。

■あるか? 総合格闘家転向

さて、敗れた武尊の今後はどうなるのか?
イベント後、彼は憔悴した様子で東京ドームのブルペンに設けられたインタビュースペースに姿を見せた。
「そうですね」と口にした後、しばらく間があく。そして俯き、涙を堪えながら続けた。
「この試合を本当に実現できたこと、実現のために動いてくれた人たち、支えてくれた人たち、対戦相手の天心選手に感謝しています。応援してくれたファン、チームのみんなには心から申し訳ない」

  • 試合後、インタビュースペースで涙を堪えながら言葉を発する武尊(写真:藤村ノゾミ)

そこまで話したところでK-1関係者が割って入る。
「今日のところは、ここまでにしてください」
共同インタビューは終了となった。
敗北のショックは大きい。気持ちの整理には少し時間が必要だろう。
以前から武尊は、こう口にしていた。
「自分にとって試合は命のやりとり。負けたら死、そこで終わりです」
このまま現役引退となる可能性もあるが、彼が気持ちの整理をし口を開くのを待ちたい。いまは、カラダも心もボロボロだ。回復のために休んで欲しい。
私は、負けたままで彼が闘いにピリオドを打つとは思えない。K-1では、やり尽くした。もしかすると、那須川天心とは異なる路、MMA(総合格闘技)へ挑むかもしれない。

文/近藤隆夫