『THE MATCH 2022(6月19日・東京ドーム)』、武尊との「世紀の一戦」で完勝した那須川天心は42戦全勝、無敗のままキックボクシングに別れを告げた。今後はプロボクサーに転向、名門・帝拳ジムに所属することが有力視されている。

  • 6月19日、東京ドーム『THE MATCH 2022』で武尊(左)に完勝した那須川天心(写真:THE MATCH 2022)

目指すはもちろん、世界チャンピオン。ボクシングのリングでも那須川天心は、輝き続けることができるのか? 腰に世界のベルトを巻けるのか? その可能性と、これからの道程を考察─。

■分かれる関係者の見方

「まずは、少しゆっくり休みたい。その後に『第2章』をスタートします。応援してくれる人たちの期待に応えられるように頑張っていきたい」
5万6399人の大観衆が集まった東京ドームのリングで宿敵・武尊に完勝した翌日(6月20日)、那須川天心は晴れやかな表情でそう話した。

彼が、ボクシング転向を表明したのは昨年の春。それ以前から、ボクシングの練習は行っており葛西裕一(元東洋太平洋スーパー・バンタム級王者)、粟生隆寛(元世界2階級制覇王者)両氏らから指導を受けてきた。
世界的に見れば、キックボクシングよりもボクシングの方がメジャーだ。
「より大きな舞台で輝きたい」
そんな思いが、那須川に宿ったのだろう。井上尚弥の存在も大きな刺激になったと思われる。

本来なら、4月2日『RISE ELDORADO 2022』での試合を最後にキックボクシングのキャリアを終えるはずだった。だが、武尊戦が決まったことでボクシング転向が少し遅れた形だ。 おそらくは今年の秋までにプロテストを受験、その後にボクシングデビューを果たすことになるだろう。

さて、那須川天心はボクシングに転向しても強いのか?
世界チャンピオンになれるのか?
彼の格闘センスは誰もが認めるところだ。それでも、世界王者になれるか否かでは関係者の間でも意見が分かれる。それらを簡潔に記せば以下のニュアンスになる。

「まず目がいい。それにスピード、反応能力、パンチを繰り出すタイミングも素晴らしい。これらは、キックボクシングのみならずボクシングでも確実に活きる天賦の才能。世界チャンピオンなれる器だ」
一方で、こうも評される。
「格闘センスが高いことは確かだが、ボクシングとキックボクシングは似て非なる競技。 リズム、重心の置き方、上半身と下半身を連動させる動き、ペース配分のすべてが異なる。 これまでに培ってきたものをボクシングにアジャストできるかどうかは、未知数だ」

那須川は言う。
「すべてはこれから」と。
その通りだ。あれこれ言わずに見守るしかない。
ただ、こうは思う。自信がなければ転向を決意しなかったであろうと。新たなる挑戦に神童は瞳を輝かせる。

  • これから那須川天心は、父・弘幸氏(右)のもとを離れボクシングの世界に飛び込むことになる(写真:THE MATCH 2022)

■順調なら世界挑戦は2、3年後

それでは、ボクシングのリングで那須川天心は、どのような道を歩むのか?
階級は、絞ってバンタム(53.524キロ以下)、現在の適性体重であるスーパー・バンタム(55.338キロ以下)のいずれかになろう。
また、4回戦からスタートするのか、それともいきなり日本チャンピオン、あるいはトップランカーと拳を交えるのか?
この辺りは、所属することになるであろう帝拳ジムとの話し合いとなるが、一つモデルケースがある。

元K-1スーパー・バンタム級王者・武居由樹が、いち早くプロボクサーに転向している。 武居は、井上尚弥らが所属する大橋ジムに入門。昨年1月、プロテストに合格し3月にデビューを果たした。
これまでに4戦を行っており戦績は次の通りだ。

2021年3月11日 〇(TKO、1R1分43秒)高井一憲(中日)/6回戦、後楽園ホール
2021年9月9日 〇(TKO、1R2分57秒)竹田梓(高崎)/6回戦、後楽園ホール
2021年12月14日 〇(TKO、1R59秒)今村和寛(本田F)/8回戦、両国国技館
2022年4月22日 〇(TKO、2R1分22秒)河村真吾(堺春木)/10回戦、後楽園ホール

そして8月26日(後楽園ホール)には、5戦目にして東洋太平洋スーパー・バンタム級王座に挑戦(vs.ペテ・アポリナル/王者・フィリピン)することが決まった。ここでベルトを獲得すれば、世界王座挑戦が見えてくるといった状況だ。

セオリー通りならば、那須川も武居と同じように6回戦からスタートしキャリアを積み重ねることになる。ネームバリューがあるが故に、いきなり日本チャンピオン、世界ランカーとの対戦も考えられなくはないが、おそらく名門・帝拳ジムが話題性に引っ張られることはない。しっかりと育て、那須川の才能を開花させる道を選ぶはずだ。

来年(2023年)にデビュー、日本、東洋太平洋(あるいはWBOアジアパシフィック)王座を獲得した後、2024年末か、2025年に世界挑戦…これが青写真と見る。
那須川天心は、まだ23歳。彼の「第2章」も腰を据えてじっくりと見届けたい。

  • 武尊戦直後にインタビュースペースでメディアからの質問に答える那須川天心。最高の形でキックボクシングを卒業した(写真:藤村ノゾミ)

最後に一つ。
「那須川天心と井上尚弥が闘ったら、どちらが強いんですか?」
よく、そう質問される。
ともにビッグネーム、階級も近いことから比較対象になるのだろう。答えは簡単だ。
ボクシングルールで闘ったら井上尚弥の圧勝、キックボクシングルールなら、那須川天心の完勝である。
ふたりがボクシングのリングで対峙することはないと思う。那須川天心vs.武居由樹が実現する可能性は十分にあり得るが─。

文/近藤隆夫