5月3日、JR山口線の「SLやまぐち号」が津和野駅に到着後、牽引機の蒸気機関車D51形200号機に不具合が見つかった。上り新山口行は運休となり、乗客は代行バスで移動した。5月4日以降、ディーゼル機関車DD51形による「DLやまぐち号」として運行されている。
「SLやまぐち号」の公式サイトによると、蒸気機関車に付随する炭水車に不具合が発生したとのこと。機関車変更に伴うキャンセルは無手数料で払戻しを行い、「DLやまぐち号」に乗車する場合は払戻しなし。座席指定券は5月29日までの分を販売する一方、6月以降の指定券は販売を中止している。これから「SLやまぐち号」に乗ろうと思っていた人は要注意だろう。
共同通信が報じた5月4日付の記事では、「SLやまぐち号」の台車に「長さ3センチ、深さ1.5センチの亀裂が見つかった」と説明し、運転再開時期を「6月中旬以降になる見込み」としている。「SLやまぐち号」は基本的にC57形が牽引し、D51形は予備機という扱いで、故障時や検査機に代走している。2020年にC57形のシリンダーが故障して修理中となり、2021年はD51形も検査修繕を行うため、3月から10月まで「DLやまぐち号」として運転。10月23日からD51形による「SLやまぐち号」が運転を再開した。
2022年シーズン、「SLやまぐち号」はD51形でスタートしたが、大型連休半ばで故障してしまった。行動制限なしの大型連休は3年ぶりとあって、SL列車を楽しみにしていた人も多かっただろうし、JR西日本にとっても収入を期待していただけに、残念だったに違いない。京阪神エリアや九州エリアなどから山陽新幹線で訪れる観光客も多いから、JR西日本にとって「SLやまぐち号」は山口線の収入源というだけでなく、山陽新幹線の収入源でもある。沿線にとっても、宿泊や食事などSL観光客の恩恵があったはずだ。
■DD51形の牽引も貴重、それでも「マニア向け」か
「SLやまぐち号」だけではなく、このところSL列車の故障運休、ディーゼル機関車や電気機関車による代走が目立ってきた。東武鉄道「SL大樹」のC11形207号機は、2017年の運行開始後、早々に不具合を起こし、DE10形による代走となった。大手私鉄によるSL復活運転が話題となって注目を集めただけに、がっかりした人もいただろう。
ただし、この当時はDL列車も珍しく、むしろ鉄道ファンの注目を集めた。その後、東武鉄道は真岡鐵道からC11形325号機を譲受し、さらに北海道で保存されていたC11形を復元した。今年7月以降、東武鉄道の蒸気機関車は3機体制になる。現在、DL列車は定期運行に格上げされているが、蒸気機関車3機体制となった後の動向が注目される。
JR東日本が磐越西線で運行する「SLばんえつ物語」も、2018年7月にC57形の炭水車の車軸留め具に不具合があり、車輪の交換と検査のスケジュールを合わせて約1年間の運休となった。その間、DE10形による「DLばんえつ物語」が運行された。
JR北海道では、C11形171号機による「SL冬の湿原号」が冬期に運転されてきたが、2022年シーズンは営業前の試運転でピストンリングが損傷した。結局、今シーズンはすべてディーゼル機関車の牽引となった。
SL列車も含めて、客車による列車は希少価値を高めている。だからDL列車だって貴重で珍しいはずだ。「DLやまぐち号」を牽引するDD51形は貨物列車・旅客列車ともに定期運用から離脱しており、いまでは貴重な存在になった。SL列車向けにしつらえた客車は趣があるし、どうせ乗ってしまえば機関車の姿はほとんど見えない。ゆえにDL代行列車はお得といえる。東武鉄道も「DL大樹」の料金を少し安く設定している。
しかし、鉄道ファン以外の多くの観光客にとって、SL列車は圧倒的な人気があり、DL列車の代行はうれしくないだろう。実際、SL列車は満席で指定券を入手しづらい状況だが、DL代行が決定するとキャンセルが続出し、発車直前でも空いているという。DL列車は「代行」の位置づけのまま。SL列車がDL列車へ代替わりすることはないのかもしれない。
■大井川鐵道関連会社、東海汽缶の活躍に期待
「道具は大切に扱えば一生使える」と私たちは教わった。新しい道具を採り入れることも大切だが、ひとつの道具を長い間使い続けることも美徳だ。蒸気機関車も同じ。日常の点検を欠かさず、部品の修理や交換を続ければ、一生どころか、人間の何世代分もの働きをする。しかし、そこにも限界がある。古いものほど修理費用がかさみ、交換する部品がない。クラシックカーのレストアと同じだ。
JR九州が「SL人吉」で運行する8620形は1922(大正11)年に製造され、今年11月18日に100歳を迎える。1975(昭和50)年に廃車となり、1988年に「SLあそBOY」「SL人吉号」として復活。このときはボイラー、運転室、動輪などが新製に交換された。2005(平成17)年、台枠の歪みが原因で、動輪の車軸を支える軸受けが焼き付くなどして運用離脱したが、後に九州新幹線全線開業の観光資源として再度復活。台枠を新製するなど、客車も合わせて4億円かかった。ボイラーも運転室も台枠も交換されたため、新製されたようなものだった。
「SLやまぐち号」のC57形については、故障から2年近く経っても修理される気配がないという。D51形は復活させるようだが、これは「デゴイチ」の人気ならではのこと。各地で保存されているため、部品取りも容易で、図面も残っている。台車の亀裂となると、修理よりは交換になるだろう。
SL列車に関しては、鉄道事業者の収益源だけでなく、沿線の観光資源でもある。各社とも維持管理に余念がない。部品の新製について、鉄道車両メーカー、部品メーカーの協力も欠かせない。しかし、蒸気機関車の車輪や台車は他の車両からの流用がきかず、特注となるため、費用も製造期間も長くなる。修理のノウハウも職人技で継承者が少ない。蒸気機関車の維持環境は厳しくなっている。
そんな中で朗報がある。大井川鉄道の関連会社である東海汽缶が、「SLの修繕・復元」事業を開始する。大井川鉄道といえばSL復活運転の老舗であり、近年は「きかんしゃトーマス号」で人気がある。東海汽缶はボイラー製造の老舗で、これまで大井川鐵道のSL運行を支えてきた。大井川鐵道は2015年から北海道のエクリプス日高の経営支援を受け、2017年から完全子会社に。東海汽缶も2018年にエクリプス日高の子会社となった。
静岡新聞電子版によると、東海汽缶は大井川鐵道の新金谷駅付近にSL修理専門の新工場を設立するとのこと。近年は大井川鐵道以外の蒸気機関車の修繕依頼も受けており、大井川鐵道だけでなく、全国の蒸気機関車の修繕や復元を事業化するという。新工場は蒸気機関車2機分のレーンとクレーンを整備し、車体の展示も行う。今月から着工し、来年1月の稼働をめざす。
大井川鐵道は蒸気機関車4機を稼働させている。いずれも老朽化が進み、修繕の頻度と時間が増えている。新工場が最初に手がける蒸気機関車は、今年2月に兵庫県加東市から譲り受けたC56形135号機。大井川鐵道にはすでにC56形44号機があるものの、老朽化対策が課題となっていた。大井川鐵道にとって、C56形は「きかんしゃジェームス号」を走らせるためにも必要な機関車である。
■最後の課題は修理費と路線収支
「SLやまぐち号」は機関車以外にも懸念がある。それは山口線の行く末だ。JR西日本は4月11日に発表した「ローカル線に関する課題認識と情報開示について」の中で、営業密度2,000人/日以下の路線について「鉄道の優位性を発揮できない」とし、「鉄道の上下分離等を含めた地域旅客運送サービスの確保に関する議論や検討を幅広く行いたい」との考えを示した。
あわせて発表された資料を見ると、山口線の宮野~津和野間における輸送密度(2020年度)は353人/日。津和野~益田間の輸送密度(2020年度)は310人/日。JR西日本が発足した1987年と比べて、6分の1まで減っている。別に公表されている「データで見るJR西日本2021」を見ると、新山口~宮野間の輸送密度は4,630人/日となっており、落差が大きい。山口線全体だと1,045人/日で、宮野~益田間が数値を下げている。仮にこの区間が廃止またはバス転換となると、途中にある津和野駅の転車台が使えなくなる。
前述したように、「SLやまぐち号」は山口線の収支だけでなく、山陽新幹線の誘客にもなっている。それは国鉄時代からの目論見で、山口線をSL復活運転の路線に選んだ理由のひとつでもある。とはいえ、新幹線の誘客効果が山口線の赤字を埋められるか。「SLやまぐち号」の定員を考えると心許ない。蒸気機関車にかかる修理費用も含めて、運行路線の見直し論が出てもおかしくない。
これはJR北海道の「SL冬の湿原号」も同様だろう。経営危機にあるJR北海道は、北海道や国土交通省から「観光誘客に力を入れるように」と指導されている。しかし、その費用にも限度がある。観光誘客がSL列車である必要があるか。釧路発の「SL冬の湿原号」は、札幌~釧路間の鉄道利用に貢献しているか。釧路空港からの利用客ばかりだと、JR北海道の利点は少ない。特急「おおぞら」と組み合わせた魅力発信が重要になってくる。
SL列車が地域の観光資源として貢献しているならば、沿線自治体の支援が必要かもしれない。あるいは鉄道ファンがSL列車を支えるために、月額クラウドファンディング的なしくみも検討してほしい。蒸気機関車を文化遺産、産業遺産としてとらえるならば、鉄道事業者の経営都合で左右される状況を解決する必要がありそうだ。