豊島竜王の序盤構想を打ち砕いた△7四歩

豊島将之竜王に藤井聡太三冠が挑戦する将棋界最高峰のタイトル戦、第34期竜王戦(主催:読売新聞社)七番勝負第2局が10月22、23日に京都府「総本山仁和寺」で行われました。結果は70手で藤井三冠が勝利。開幕から2連勝で、史上初の10代四冠に向けまた一歩前進しました。


第34期竜王戦七番勝負の日程表

「準備不足だったかなと思います」。これは終局後のインタビューで豊島竜王が語った感想です。

王位戦、叡王戦で立て続けに藤井三冠に敗れ、最後のタイトルとなってしまった竜王位。敗れると無冠になってしまう大事な防衛戦でも開幕局を落としてしまい、負けると苦しくなる先手番の第2局。この超重要な一局に臨むに当たり、豊島竜王が入念な準備をしてきていないはずがありません。その豊島竜王の口からこぼれた「準備不足」という言葉の重みは計り知ることができません。

豊島竜王にそこまで言わせるほどに、藤井三冠が本局で見せた対応は完璧でした。

相掛かりの将棋になった本局で、工夫を見せたのは先手の豊島竜王。角の動きで相手の右銀を前線におびき出すという斬新な構想を披露します。「こちらの銀が7四から6五に出ていって、それが働くかどうかというのがポイントかなと思っていました」と藤井三冠が語ったように、この銀が働けば先手の作戦が失敗、逆に銀が働かずに後手の攻撃陣が伸びすぎの状態となれば作戦成功です。

銀が1枚中段に出ていってしまったため、藤井陣の守りは手薄になりました。それをカバーしたのが、30手目の△7一金という手。5二の玉から金が離れてしまいますが、8一の桂にひもを付け、8筋の守りを強化する一手です。また、この手が相手の狙いを打ち砕く布石となったのでした。

ここまではまとまった持ち時間をほとんど使わずに指し進めてきた豊島竜王は、25分というまとまった時間を初めて使い、▲7五歩と突きました。この手は次に▲8六飛と回り、▲8三飛成の成り込みや、▲6六歩の銀取りを狙った手です。

ところがこの手がなんと本局の敗着となりました。藤井三冠の次の一手、△7四歩が絶妙の対応だったからです。冒頭の豊島竜王の感想はこの▲7五歩△7四歩という手に関するものでした。

「▲7五歩と突いたんですけど、△7四歩と突かれてそこで長考しているようではよくなかったと思いました。もうちょっと前に考えないといけなかったと思います。その後端を取り込んで行ったんですけど、やっぱり逆用される形なので、結構厳しいのかなという風に思いました。
(角で銀をおびき出す作戦の)狙いは後手の飛車を安定させないようにということで、やってみたい手ではあったんですけど、結果的にかなりまずい将棋になってしまったので準備不足だったかなと思います」と豊島竜王は振り返りました。

この△7四歩の狙いは2つ。1つは飛車と銀の窮屈な形を解消するというもの。▲7四同歩△同飛となればそれが実現します。もう1つは相手がこの歩を取ってこなかった場合に、△7五歩~△7六歩と伸ばしていき、7筋から逆襲しようというものです。

問題は▲8六飛と回られたら飛車の成り込みを防げないという点です。しかし、飛車を成らせても大丈夫と見たのが、藤井三冠の並外れた大局観でした。先に△7一金と備えているのがポイント。先手は8三にしか飛車の成り場所がなく、そこは竜の働きがいいとは言い難い箇所です。そこに竜を作られるよりも、△7六歩~△3四歩で角を働かせるほうが価値が高いという好判断でした。

感想戦で「飛車を回って飛車が成れないとおかしいが、△3四歩が味がいいんで」と振り返った豊島竜王。本譜は111分の長考の末、▲8六飛を断念して▲9五歩と端攻めに切り替えました。

しかし藤井三冠はその端攻めも逆用して攻めていきます。△7六歩~△3四歩で角を働かせた後、△9七歩~△9八歩がその手順。「△7六歩から△3四歩と突いて、少し(6五の)銀が安定するような形になったので、主張のある形になったのかなと思っていました。激しい展開になったのでよく分からなかったんですけど、うまく玉頭から攻め込むような形ができればと思っていました」と藤井三冠は振り返ります。

9筋からの攻めは、玉頭から攻め込むための下準備。9筋を攻めることで桂香を拾い、その持ち駒を使って一気に攻めていこうという構想です。

しかしながら豊島竜王は分かっていてもこれを防ぐことができませんでした。「攻め込まれて結構きついのかな、結構悪くなってしまったのかなと思いました。△7三桂の局面で何を指すかなんですけど、何を指しても結構つらいのかなというような感じで。その局面で何かうまく頑張る順があればとは思ったんですけど、どうやってもつらそうな気がしました」と豊島竜王。

△7四歩からの藤井三冠の的確な指し手により、すでに軌道修正は困難な局面を迎えていたのです。

藤井三冠は先手に2筋を突破させ、竜を作らせる代わりに△4五桂と設置し、玉頭攻めを敢行します。これが勝ちへの最短手順でした。彼我の玉の安全度を正確に見極められる藤井三冠だからこその一直線手順です。

「△5七桂成から攻め込んでいって、それで最後こちらの玉が詰まない形なので、そのあたりは行けるかなと思いました」と藤井三冠。決め所を逃すことなく、飛車を切って豊島玉をあっという間に寄せ切り、70手という短手数で勝利を収めました。

前例のない序盤戦になっても的確に対応し、相手のわずかなミスを逃さずに優位に立つと、その後は一切の隙を見せずに勝利を収める。本局はそのような非の打ち所がない内容での藤井三冠の快勝でした。

本局の藤井三冠の勝ち方は恐ろしいですが、もう1つ恐ろしいことがあります。それはこの前例のない序盤戦を、藤井三冠はある程度想定していたかもしれないということです。

勝利者インタビューが終わる直前、「序盤の先手の構想は考えられたことはありますか」という質問が投げかけられました。これに対し藤井三冠は「▲7六歩に対して△7四飛ではなく、(本譜のように)単に△5二玉だと有力な筋なのかなと思っていました。(▲7五歩に対して△7四歩は)あまり類型のない将棋でうまく判断できていなかったんですけど、△7一金であれば▲7五歩に△7四歩と突く形があるのかなと思っていました」と返答しています。

王位戦七番勝負が終わった段階では「王位戦の対局を振り返ると序・中盤でリードを奪われてしまうような展開が多かった。特に2日制の長い対局だと、結構その序中盤の差というのが大きく出てしまって。結構こちらにとって課題が多いシリーズだったのかなと思います」と語っていた藤井三冠。もしかするとその課題はすでに克服済みなのかも……。そう思わさせられた一幕でした。

藤井三冠が一気に3連勝で奪取に王手をかけるのか。それとも豊島竜王が後手番でブレイクバックを果たして踏み止まるのか。注目の第3局は10月30、31日に福島県「雨情の宿 新つた」で行われます。

この対局に向け、藤井三冠は「また第3局がすぐにありますので、あまりスコアは意識せずにまた次の対局に向けていい状態で臨めるようにできればと思います」。豊島竜王は「本局は結構一方的になってしまったので、まずは内容をよくできるようにしたいと思います」と抱負を語りました。

豊島竜王に全くチャンスを与えずに完勝した藤井三冠(提供:日本将棋連盟)
豊島竜王に全くチャンスを与えずに完勝した藤井三冠(提供:日本将棋連盟)