2026年5月2日に発売された『将棋世界2026年6月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)は、糸谷哲郎九段(対局時八段)による第84期名人戦七番勝負第1局の自戦解説「力で争うシリーズに」を収録しています。本稿では当記事より、一部を抜粋してお送りします。

  • 『将棋世界2026年6月号』より(撮影:中野伴水)

    【写真】中野伴水

第84期名人戦七番勝負第1局 糸谷哲郎九段自戦解説「力で争うシリーズに」

第84期名人戦七番勝負は藤井聡太名人に糸谷哲郎九段が挑戦。糸谷九段は現在、日本将棋連盟の常務理事を務めている。現職理事の名人挑戦は1986年の第44期名人戦で、当時の中原誠名人に日本将棋連盟会長だった大山康晴十五世名人が挑戦して以来のこととなる。名人戦第1局について、糸谷九段に解説してもらった。

棋士と理事の二刀流

●3月2日のA級プレーオフで、永瀬拓矢九段に勝ち、名人挑戦が決まりました。それから、開幕の第1局まではどのように過ごされていたのでしょうか。

他の対局が2局ありましたが(2勝)、対局も仕事もこなしつつ、名人戦にどう向かうか。自分がまだタイトル戦に出場できる力があるのは喜ばしいことですね。今期のシリーズは力で争う勝負にしたいと思っているので、それをどう実現するかを考えていました。

●シンガポールで行われた叡王戦第1局、理事の立場があるとはいえ現地にいかれたことに驚きの声もありました。

シンガポールへの出張はだいぶ前から決まっていましたね。その時点では藤井さんも対局者としていく可能性があったので、私だけが名人戦に備えてというのも、ちょっとどうかなと。現地での温かいお迎えに感謝しています。対局だけではなく普及のイベントもありましたが、将棋の駒に初めて触ったような方にもお越しいただき、充実を感じました。普及のマイルストーンになりましたね。

●藤井名人についてはどのような印象をお持ちですか。

王将戦と棋王戦の2棋戦でカド番となったわけですが、そこから逆転防衛をされて、充実の期間なのかなと思いました。

構想力の将棋

●開幕に当たり、糸谷さんは「新しい作戦で臨みたい」と公言されていました。初手の端歩突きもその一環ではないかと思いますが、本局はどの辺りまでが作戦だったのでしょうか。

自分が知っている形という意味では、☗2八飛までですね。本局については持ち時間の長い将棋で、お互いにとって新しい局面にしたかったというのはありました。実際、☗2八飛の局面はどちらにも知識はないと思います。

●ただ、糸谷さんは感想戦で「☗2八飛が悪手で、思ったより罪が重かったかも」と振り返っています。

本局についてはもうちょっといい形にできたかなという反省はありました。無難にやるなら☗2八飛では☗7七角でしょうね。

●この作戦を選ばれた理由は?

総合力を問われる将棋を指したかったんです。現代は中盤の大局観や終盤の寄せなどでAIが人間を上回ると言われていますが、私はむしろ序盤に人間の思考の穴があると思っています。何故かと言うと選択肢が多すぎるからです。最近は序盤の定跡もAIで解析が進んでいますが、全ての戦型がそうではありません。解析の進んでいない、選択肢の多い局面にしたかったというのがありますね。それは指し手の構想力が問われる将棋ですが、私はそういう将棋のほうが面白いと思いますし、自分にも向いていると考えています。

●それはなぜですか。

昔からそうやってきたからですね。AIの発展で序盤の新構想を作るのが難しくなったと言われていますが、それを目指す人は少なくなったとはいえ、まだいます。そういう衝動を持つ人に、面白がってもらいたいですね。

(中略)

次局以降も力将棋を

●1局を通しての感想をお願いします。

新しい局面を長い間、指せたのはよかったですね。ただちょっとつらい局面になり過ぎました。藤井名人には正確に指されました。深く読めているからだと思います。

●糸谷さんが持ち時間4時間以上の将棋で1分将棋になったのは、2022年以来のことだそうです。

意外とよく考えることができているなというのが実感です。以前と比べて直感で浮かぶ手、思考の幅が広がっているから考える時間が増えたのでしょう。昔は勝ちにこだわっていた分、テンポよく指そう、みたいな意識はありました。

●本号が発売している時点で、第2局までが終わっていますが、次局以降の抱負をお願いします。

本局と同じように、力で戦う将棋にしたいなと。作戦もいくつか考えています。第2局の舞台となる青森県は、まだいったことがない県なので、楽しみです。青森と言えばリンゴですよね。同県出身のバンド『人間椅子』さんの「りんごの泪」はよく聞きました。また、石川県七尾市で行われる第3局が、震災からの復興の一助になればと思います。

●どうもありがとうございました。(取材・4月13日)

『将棋世界2026年6月号』、絶賛発売中!!

ほかにも、
・内山あや女流二段の特選自戦記「春の訪れは棒金と共に」
・戦術特集「プロが判定 ゴキ中への特効薬」
・逸木裕氏による将棋小説「王と指先」前編
といった記事もあり、指す将・観る将はもちろん、全ての将棋ファンの方々に楽しんでいただける一冊になっています!

『将棋世界2026年6月号』 発売日:2026年5月2日
特別定価:920円(本体836円+税)
発行:日本将棋連盟
Amazonの紹介ページはこちら