「今、あえて聞きたい。徳川幕府を倒してまで君たちが作りたかった新しい世はいったいなんなんだ?」徳川家康(北大路欣也)の眼差しと口調が鋭く刺して来る。大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00~ほか)第30回「渋沢栄一の父」(脚本:大森美香 演出:黒崎博)で、栄一(吉沢亮)を育て導いてきた人格者の父・渋沢市郎右衛門(小林薫)が64歳で天に召された。そんな悲しい節目の回ながら、その前になぜか栄一は突如として女中・大内くに(仁村紗和)と出会う。家康に問われ、父に希望を託され、皆から期待されている栄一がふと気を緩めるシーンに度肝を抜かれた視聴者も少なくない。

  • 大河ドラマ『青天を衝け』第30回の場面写真

この回、栄一は再会も含め、重要な出会いをする。1人は西郷隆盛(博多華丸)。天下統一どころかかえってこの国をぶっ壊すことになるかもしれないと不敵な西郷に栄一もこの国はもう1回ぶっ壊すべきかもしれないと考え始める。父・市郎右衛門は「人の上に立つ者はみな上(かみ)だ、上(かみ)に立つ者はみな下の者への責任がある」「(下の者への責任とは)大事なものを守るつとめだ」と言っていた。そのとおりで「下々がいくら頑張っても上に立つ者がよほどしっかりしていねえと国も人も守れねえ」と栄一は今の政府に不服を感じるのだった。

出会いのもう1人は五代友厚(ディーン・フジオカ)。これまでなんとなくすれ違ってきた2人がついに大阪で正式に顔を合わせた。栄一はフランス万博で間接的ながら五代にしてやられた苦い思い出があるので警戒心が解けない。ところが五代は新政府に服従しているわけでもなくもっと広い視野を持って行動していた。新政府になってもお上(かみ)と商人の関係は変わらないと醒めていて、金はもっと民を豊かにするためにあると考え日本の商業を魂から変えたいと語る。そのためにもカンパニーをもっと作る必要があるという志は栄一も同じであった。五代に「おはんのおる場所はそこでよかとか?」と問われ、考え込む栄一。

そんな時、出会ったのが大内くに(仁村紗和)。偶然ぶつかってどっきり。くにに戦(戊辰戦争)に出たきり帰ってこない夫に似ていると言われ、ついその腕をつかんでしまう。栄一の足袋(靴下)の穴を繕うくに。洋装なので靴下だがこの時代はまだ「靴下」ではなく「足袋」と呼ばれていた。繕った足袋を届けに来たくにを部屋に引っ張り込む栄一。後に千代がその小さな赤い繕いあとを見つけて不安な顔になる。

これまで栄一は妻・千代(橋本愛)ひと筋の真面目な人物として描かれてきた。今回ふいに意外な面を見せるものだからびっくり。それもこれも時代が一新したからであろうか。 このエピソードで押さえておきたい点は、くに夫が戦争に出て帰らぬ人になったことである。一般庶民も巻き込んだ刀で殺し合う武士の時代は終わったと思いきや未だ戦の火種は残っていた。そして明治4年7月、西郷が行おうと図る廃藩置県は無理に行えば暴動が起きる危険をはらんでいる。栄一は戦だけは止めようと、争いの原因となる“金”に関して調整することになった。

7月14日の廃藩置県布告を前に、実質4日しかない中で栄一は全国の藩札の相場から発行高、負債の総額に租税の方法、種々の事業の後始末まで総ての算段をつけよとは……と激高する栄一だったが「やってやりましょう」と引き受けて、世界に類を見ない無血革命としての廃藩置県が行われた。たった4日のスケジュールでやり遂げ、藩札をなくすにあたり人々が生活を維持するために必要な額をすべての藩の分、洗い出すところもお仕事ドラマ的でそれが見事に成し遂げられたことに胸が躍る。

しかもその表現が画面分割でリモート会議のように日本中260ある藩の代表が映しだされるという趣向でより一層盛り上がった。もうこれで戦もおこらず、くにのような戦争未亡人も誕生しないといいと栄一が思ったかは定かではないが、戦がなくなれば民は巻き込まれないことは確かである。