以前から、列車や飛行機で移動している時に仕事をするスタイルはあった。筆者自身もしばしばやっていることである。ところが最近、COVID-19の感染拡大に伴い、新たな展開が見られるようになった。というのも、鉄道事業者が自ら積極的に、「車内を仕事空間に」とアピールする方向になってきているのだ。利用の減少を、少しでも補おうとする狙いがあるのはいうまでもない。

東北・九州新幹線に続いて東海道・山陽新幹線でも

まず、期間や列車を限定しての「実証実験」から話がスタートした。最近だと、東北新幹線と九州新幹線の事例がある。

東北新幹線の実証実験

東北新幹線は 6月14日から7月16日にかけて、「はやぶさ」の全列車で1号車を「リモートワーク推奨車両」とした。他の号車の指定券を購入した上で、1号車に移動して利用する形で、座席指定はない。 そして、B席(3人掛けの中央)・D席(2人掛けの通路側)の使用は推奨しないとした。E5系は、ノーズが長い分だけ両先頭車の客室がコンパクトになっているが、10号車はグランクラスだ。そこで1号車が対象になったのだろう。

  • E5系の1号車(東京方先頭車)は、もともと定員が少ない。おそらく、これがリモートワーク推奨車両になった理由

  • ちなみに、東北新幹線の実証実験では、Wi-Fi ルータ、ノイズキャンセリングヘッドホンと視界を調整できるパーテーションで構成されたウェアラブル端末、骨伝導ヘッドセットなどを貸与していたようだ 資料:JR東日本

九州新幹線の実証実験

九州新幹線は6月14~30日にかけて、「さくら409号」と「さくら402号」に限定して、6号車を「リモートワーク推奨車両」とした。利用可能な席は窓側席に限定、通路側席は使用不可とした。6号車は半室グリーン車で、普通車は半室のみという事情があったと思われる。

  • 山陽・九州新幹線で用いられているN700系の6号車は、半室グリーン車、半室普通車になっている。写真では右半分が普通車

そして東海道・山陽新幹線では10月1日から、「S Work車両」と題して、すべての「のぞみ」の7号車をリモートワーク向けとして売り出す。特にN700S充当列車については、伝送能力を高めた車内Wi-Fiサービスも用意する。7号車は車販準備室やトイレ・洗面所が設けられているハコで、もともと他の中間車と比べると定員が少ない。11号車も事情は同じだが、そちらは車椅子対応車両である。そこで7号車を使うことになったのだろう。

もともと、最近の新幹線電車の車内には電源コンセントが設置されている。当初は両端席のみで始まり、その後は普通車の窓側席と両端、グリーン車の全席という配置が一般的だった。しかし近年では、E7系/W7系、E5系の後期増備車とH5系の全車、N700S、在来線ではE657系やE259系(JR東日本)や271系(JR西日本)といった具合に、普通車全席への電源コンセント設置事例が増えてきた。そして、インバウンド利用の増加という事情が主因となって、フリーWi-Fiサービスの導入も一般化した。

  • N700Sの普通車では、すべての席の肘掛に電源コンセントが用意されている。従来のように壁に設置されたコンセントよりも使い勝手が良い

  • 「S Work車両」では、「膝上クッション」と「簡易衝立」の貸し出しを行う

したがって、バッテリ切れや通信回線の欠如を気にせずに車内で仕事を行う環境は整っていたといえる。にもかかわらず、わざわざ「リモートワーク推奨車両」みたいな話が出てきたのは、通常なら遠慮するよう求められている、携帯電話での通話やビデオ会議の利用も着席したまま行える、という違いがあるからだ。

また、JR東日本の新幹線電車で背面テーブルに注意書きが出ているように、キーボードの打鍵音を気にする人がいるのも事実。車内で仕事をしたいという人がひとつところに集まれば、そうした干渉も回避できる。

車内でのビデオビデオ会議・通話にはリスクもある

しかし、リモートワーク推奨車両の存在が公知のものとなることで、厄介な問題もできる。なにしろ号車まで明示されているわけだから、「この号車に行けば、車内で仕事をしている人が集まっているな」とわかってしまう。

そもそも、列車内あるいは飛行機の機内で仕事をする場合、画面を隣から覗き見られるリスクがある。これは、市中の喫茶店などで仕事をする場面にも共通する課題だ。

先に挙げた、東北新幹線や九州新幹線の実証実験では、隣席に人が来ないようにしていた。ソーシャルディスタンスの観点だけでなく、覗き見防止への配慮もあってのことだろう。もっとも、プライバシー・フィルターをディスプレイに取り付ける手があるので、覗き見については一応の回避が可能だ。

次に、通信回線の問題。複数の利用者が共用するフリーWi-Fiサービスを安心して使ってよいのか、という懸念が出てくるかもしれない。しかしこれも、VPN(Virtual Private Network)を利用するとか、別途、自前で通信手段を用意するとかいう手がある。実際、東北新幹線や九州新幹線の実証実験みたいに、モバイル・ルータの貸し出しを実施した事例もある。

問題は、「ビデオ会議や携帯電話での通話も可」ではないだろうか。リモートワークの一環としてビデオ会議や電話での通話を行うということは、会話の中に仕事に関わる話が出るということだ。その際、相手がしゃべっている内容は、イヤホンやヘッドセットを使うことで周囲に聞こえないようにできる。ところが、自分がしゃべっている内容は、周囲の乗客にも筒抜けである。

画面ならプライバシー・フィルター、通信なら暗号化という保護手段があるが、自分がしゃべる声についてはどうにもならない。そして先に書いたように、特定号車が「リモートワーク推奨」になれば、そのハコに行くことで「車内で仕事をしている人」を確実に捕捉できるわけだから、従来以上に高い確率で情報漏洩リスクになる因子がある、と考えてかからなければならない。

このほか、端末機器を紛失したり、盗難に遭ったりするリスクもあるわけだが、これはなにもリモートワーク推奨車両に限った話ではないので、本稿での言及は割愛する。

  • N700Sの7・8号車には、従来の2倍の容量を持つ車内Wi-Fiサービスが順次導入される

回避策はチャットの利用か?

この件に限ったことではないが、「危険そうだから使うのを止めよう」では前向きな考え方ではない。それに、リモートワーク推奨車両があろうがなかろうが、車中・機中で移動している間に仕事を片付けてしまいたい、というニーズは存在する。

では、どうしても移動中に打ち合わせをしなければならなくなったら、どうするか。そこでビデオ会議や携帯電話での通話に代えて、チャットを利用するのはどうだろうか、という話に行きつく。参加する当事者全員がチャットの利用を受け入れてくれないと具合が悪いが、少なくともチャットであれば、自分が発言した内容が周囲の人にも筒抜け、なんてことは起こらない。

やりとりのテンポやレスポンスに影響しそうではあるが、音声や動画のやり取りとチャットを併用する手も考えられる。この場合、相手は音声でしゃべっていても、こちらの発言はキーボードで入力するわけだから、自分が発言した内容が周囲の人にも筒抜け、なんてことは起こらない。ただしこれは、ビデオ会議とチャットのやり取りを並べて表示できないと使いづらい手ではある。

ともあれ、リモートワーク推奨車両が恒常的に運用されるようになり、それを利用する人が増えれば、新たな情報漏洩リスクになり得る。そのことを認識した上で、自分が所属する組織の「お家の事情」に合わせた対応策、リスク回避策を講じつつ、上手に利用することを考えたいものである。