ここ数年、社会貢献のためSDGsに取り組む企業が増えている。ALSOKグループのALSOK千葉(以下・アルソック)では、地域の有害鳥獣駆除に取り組んでいるだけでなく、食肉加工施設「ジビエ工房茂原」を2020年7月に開設、販売事業を行っている。警備保障会社のイメージが強いアルソックが、なぜジビエ工房を始めたのか?オープンの経緯や事業内容、SDGsを見越したビジョンなどについて取材した。

  • ALSOK千葉 取締役 竹内崇さん

深刻な獣害に悩む農家の負担を減らしたい

今回、取材にお応えいただいたALSOK千葉 取締役 竹内崇さんによると、千葉県における令和元年の鳥獣被害は、面積372ヘクタール、被害量2324トン、被害金額が4億円にも及ぶという。野菜、豆類、等の農産物を食い荒らされ、多くの農家の方が被害を被っている。農家側でも、フェンスを作ったり、廃棄の野菜を有害鳥獣が食べられるところにおかないようにするなど対策も練っているものの、被害はまだまだ減らない状況があるそうだ。被害をもたらす主な害獣は、猿、鹿、イノシシ、ハクビシン、カラス等々だが、その半分はイノシシによるもの。平成30年のデータでは、1年間でイノシシを25,892頭捕獲しているが、その中で食肉活用されているのは、538頭。わずか2%だけだという。

  • JR本納駅から徒歩15分ほど、国道128号線に面した場所にある「ジビエ工房茂原」

「地域支援事業部」で7年前から「鳥獣捕獲認定」を受け有害鳥獣駆除に取り組んでいるアルソックでは、そうした現状を踏まえ、駆除した鳥獣を有効活用することによって、農家の負担が少しでも減らせるのではないかという地域貢献の思いから、食肉へと加工する施設「ジビエ工房茂原」を昨年7月にオープン、ジビエの販売事業を開始した。もともと、千葉の農家出身であったり、鳥獣駆除の知識に長けている社員がいたことも始めた理由の1つなんだとか。

既存の鳥獣駆除方法では、イノシシを捕獲した農家や猟友会が「止めさし」をして、加工場に運搬して処理した後、写真・必要書類等を市町村に送ることで報奨金を得ることができる。しかし、少子高齢化が進み農業の継手がいない中、年配の方が100kgにもなる大きなイノシシを捕獲して処理するのは大変。また、捕獲したイノシシを自分で殺生することに抵抗がある人もいるという。

  • 農家で捕獲したイノシシ

アルソックでは、捕獲者から連絡を受けて現場に立ち会い回収をして、加工場に運び一連の作業から市町村への手続きの代行を行っている。そうすることで捕獲者は報奨金を受け取ることができ、アルソックはイノシシを譲り受けることでジビエ料理として有効活用できるというわけだ。

  • 捕獲者から連絡を受け、アルソックの職員が現場に立ち会い回収する

「ジビエ工房茂原」の施設概要

「ジビエ工房茂原」はJR本納駅から徒歩15分ほど、国道128号線に面した場所にある。敷地面積は300坪ほどで、建物は平屋で65坪ほど。2019年11月に着工したものの、コロナ禍もあり稼働したのは2020年7月28日からとなっている。アルソックがジビエ工房の開設、スキームを発表する際に説明会を開いたところ、農家や猟友会の方々の中には不安視する声もあったというが、しっかりと説明をして理解を得たことで、スタートすると問い合わせも多く、好評だという。

●食肉加工の流れ

前室……入口から生きた状態のイノシシを搬入して「止めさし」する部屋。3つのレーンに分かれている。

解体室……皮を剥いたり内臓など不要な部分を取る。

部位分け室(クリーンルーム)…解体室で処理した肉を「カートイン冷蔵庫」に入れて一晩かけて表面を乾燥させ、翌朝部位分けして種類・大きさにより「真空封入機」で個別包装する。

在庫保管室……必要情報を取得後計量して発行された出荷用ラベルを貼り、粗熱を取る設備により急速冷凍してマイナス20℃以下にして冷凍庫に収納される。

部位分け室(クリーンルーム)は直接肉に触る場所なので、従業員はウェア、二重の手袋、エプロン、長靴を身に着けて、出入りに消毒を行う等、一番気を使っており、限られた人数しか入れないようになっている。また、解体室と次の部位分け室は「カートイン冷蔵庫」で繋がった構造になっており両側から開閉可能だが、特注により両側が同時には開かないように設計されており、極力クリーンな状態が保たれているそうだ。また、誰がいつイノシシを捕獲して解体したのかを記録する「トレーサビリティシステム」を導入して品質管理しているので、安心・安全なジビエを提供できるようになっている。なお、30kg以上のイノシシについてはPCR検査を実施している。

現在、まだまだ人手が足りていない状況だが、フルスペックで稼働できれば、3つのレーンで1日12頭ほどの処理が可能。週6日稼働しているので、1年間でだいたい4000頭近く処理できる。

ジビエの新たな活用を見い出す

これまでジビエ料理を検討はしていたものの、肉についての安全性が気になり導入できなかったという高級ホテル、レストランからの問い合わせも多く、試供品を提供しているという。今後、コロナ禍が落ち着けばそうしたホテル、レストランへのジビエの導入も徐々に増えてくるのではないだろうか。

また、イノシシの中でも脂が乗っていない肉、70kg以上の大きさで肉が硬い場合等は、加工品としても活用される。現在はハンバーグ、ソーセージ、ミートローフ、カレー、餃子用の肉などに使われているそうだ。「ハンバーグやソーセージなどはとてもコクがあって美味しいですよ」と、竹内さん。まだまだジビエの活用方法とその味は浸透していないこともあり、美味しく食べられるレシピの開発も進めているという。

人間の食用以外では、ペットフードの会社も興味を持ってくれているという。さらに、千葉市動物公園と協力して、「屠体給餌(とたいきゅうじ)」にも取り組んでいる。野生動物に馬肉などの家畜肉を餌として与えていると、だんだん野性味がなくなってくるが、毛皮付きの肉を与えると、飼育員さんも見たことがないような野性的な反応をするのだとか。こちらに関しては低温殺菌して生に近い形で提供するようにしている。

農林水産省では、鳥獣駆除による個体数の削減だけでなくジビエの利活用を推進している。また、近年では自然災害も多くなっているため、そうした意味でも有害鳥獣駆除、食肉活用に取り組むことで、農業を営んでいる人々の疲弊を少しでも軽減でき地域に貢献できるのではないかというのが、アルソックの思いだ。

「警備会社というと都会のオフィスで活躍するイメージで、農業とは無関係と思いがちです。こうした取り組みをすることで、地元の農家や猟友会の方々とお話をすることができて、その方々の仕事を助けることが実際にできるようになっていることは、すごく意義のあることだと思っています」(竹内さん)

ホテル、レストランでのジビエ料理、ハンバーグ、ソーセージなどの加工品、ペットフードへの活用、動物園での屠体給餌と、様々な可能性のあるアルソックのジビエ事業への取り組み。今後は個人消費者にもネットショップで直販することも検討されているという。我々が積極的にジビエ料理や加工品を消費することも、身近にできるSDGsのひとつかもしれない。