藤井二冠に勝つことがいかに大変かが分かる一局戦

将棋の第6期叡王戦(主催:株式会社不二家)本戦トーナメント2回戦、▲永瀬拓矢王座-△藤井聡太二冠戦が5月31日に東京都「シャトーアメーバ」で行われました。研究パートナーとして知られている両者の対決は、138手で藤井二冠が勝利。ベスト4に進出し、来期の本戦シード権を獲得しました。


第6期叡王戦本戦トーナメント表

本局、序盤からペースを握ったのは永瀬王座でした。

永瀬王座は角換わり模様の出だしから、角道を閉じて雁木を目指す駒組みを進めます。藤井二冠が居玉のまま腰掛け銀に構え、△6五歩と先攻してきたのに対し、▲6八飛と回って防戦。この飛車回りはほぼノータイムで指されており、永瀬王座の深い研究がうかがえます。

飛車まで使われてしっかりと受けられると、すぐに攻め潰すのは困難。藤井二冠は雁木に構え、玉を囲います。永瀬王座はも雁木に囲い始めますが、やはり違和感があるのが6八の飛車。まるでこの飛車を金銀で囲っているようです。

中盤になると永瀬王座の金銀がほぐれていき、飛車が自由になりました。そして49手目、飛車が本来の配置である2八に帰還します。あの違和感のあった飛車回りは、後手の仕掛けを封じておいて自陣の整備を進め、万全の構えになったら飛車を攻めに再活用するという狙いの手だったのです。

本格的な戦いが始まった局面は、互角の形勢ながら持ち時間に大きく差がついていました。持ち時間3時間のうち、半分残している永瀬王座に対し、藤井二冠は50分弱しか残っていません。永瀬王座の用意周到なゲームプラン通りに対局が進行していきました。

形勢は拮抗しつつも、常に永瀬王座がリードしたまま局面は終盤へと突入します。先に持ち時間を使い切ったのは、当然中盤までで多く時間を使っていた藤井二冠です。しかし、持ち時間が少ない中、差を広げられていないのが藤井二冠のすごいところ。藤井二冠の逆転劇はこれまで数多く見てきましたが、大体が不利になってもピタリと相手を追走して、終盤で一気に抜き去るというものです。

やがて永瀬王座も持ち時間を使い切り、両者一分将棋になります。永瀬王座は藤井玉に厳しく迫っていき、藤井玉は風前の灯火。永瀬王座としてはあと一押し、というところでわずかな緩手を指してしまいました。

それが▲3七桂という手。この手が緩手だったと分かるのは、ABEMAの中継でAIの評価値が示されていたからです。それがなければ、もちろん筆者にはこの手が緩手だと分かりませんでしたし、ほとんどの方がそうだったのではないでしょうか。

藤井二冠の守りの要駒である馬取りに、桂を打った自然な▲3七桂がわなだったとは。実はこの局面に至るまで、藤井二冠は「AIが示す最善手」を全て指してきたわけではありませんでした。この局面が本局で最も形勢が離れていた場面で、▲3七桂に代えて▲1六桂と打っていれば永瀬王座が勝勢だったようです。

しかしながら、この▲3七桂を打たせるために藤井二冠はあえてこの局面に誘導したのでは?と疑うのは考えすぎでしょうか。終盤における人間にとっての形勢判断と、AIが示す形勢判断は別物。そのように理解しているとしか思えない逆転劇がこれまでもいくつもあったのは皆さんご存知の通りでしょう。

▲3七桂によって形勢が互角になりました。しかし流れは完全に藤井二冠に傾いています。その数手後に永瀬王座に再びミスがあり、永瀬玉に即詰みが生じました。

これを逃す藤井二冠ではありません。最後は打ち歩詰の反則を回避する詰将棋のような桂捨てを放って、永瀬玉を打ち取りました。

この勝利で藤井二冠はベスト4に進出。豊島将之叡王(竜王)との五番勝負まであと2勝としています。まだ気の早い話ですが、豊島竜王は藤井二冠が持つ王位の挑戦者のため、ダブルタイトルマッチが実現するかもしれません(竜王戦でも藤井二冠は勝ち残っているので、トリプルも……)。

藤井二冠の準決勝の対戦相手は丸山忠久九段です。丸山九段は前期竜王戦決勝トーナメントで藤井二冠を破っており、藤井二冠は強敵との対局が続きます。

相手のペースに乗せられつつも、最後は逆転で勝利を収めた藤井二冠(提供:日本将棋連盟)
相手のペースに乗せられつつも、最後は逆転で勝利を収めた藤井二冠(提供:日本将棋連盟)