コロナ禍を経て、コミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。さまざまなソリューションが登場するなか、これらをどのように使い、どういったマインドで運用すればよいだろうか。IT全盛の時代に求められるコミュニケーションについて、有識者に伺っていきたい。

本稿では、元日本マイクロソフト 業務執行役員であり、現在は圓窓の代表取締役として活躍する澤円氏にインタビューを行った。プレゼンテーションのスペシャリストとして知られ、「個人力 やりたいことにわがままになるニューノーマルの働き方」などの著書も手がける同氏は、オンラインでの働き方に対しどのような考えを持っているのだろうか。

■澤氏の考える"今後のビジネスシーンで大切になること"。後編はこちら

  • 圓窓 代表取締役 澤円氏

澤氏の働き方を支えるリモートワーク

新型コロナウイルス感染症の流行を受けて発令された緊急事態宣言。そして始まった企業のテレワークは、多くの人の行動様式を変えることになった。これに対し、澤氏は自身の感想を次のように語る。

「僕個人としては、特に何も変わっていないと感じています。実は、昨年日本マイクロソフトを辞めるまでの2~3年の間、まともに会社に行っていなかったんですね。基本的に全部リモートでマネジメント業務を行っていたからです。お客さんに会うときだけは出社して、それで仕事は回っていました」

日本マイクロソフトは外資系企業であり、カウンターパーソンが日本にいないことも多い。トピックごとにさまざまな国の人とコミュニケーションしているため、リモートで働くことが当たり前の環境にあったのだという。

「ですので、『COVID-19がやってきた……コロナ禍だ!』となってもそれほど気にならなかったですね。オンラインで仕事をするという意識は、僕のなかでは2011年の段階で根付いていたんです。ようするに3.11、東日本大震災からですね。この頃からリモートワークという働き方が自分に合っているということは痛烈にわかっていたので、段階的に増やしていました。オンラインでもコミュニケーションが取れるよう準備を進めていった結果、いまではリモートワークが僕の中心的な働き方になったのです」

コロナ禍は25年ぶりのリセットボタン

10年前からリモートワークを段階的に増やし、すでにそれが自身の働き方の中心となっているという澤氏。そんな同氏から見て、2020年からのコロナ禍におけるリモートワークの広がりはどのように映ったのだろうか。

「『25年ぶりのリセットボタン』『グレートリセット』ですよね。1995年はインターネット元年です。インターネット以前と以後は別世界なんですが、それと同じ大きな変化が2020年に起こりました」

1995年以前、コミュニケーションの中心は電話・FAX・手紙などだった。その後インターネットが現れ、中心はメール・チャット・SNSに変わっていく。そして2020年、新型コロナウイルス感染症が流行。それまで一番価値のあるコミュニケーションであった移動や対面が制約を受けるようになり、コミュニケーションはオンラインにシフトしていく。

「では、インターネット以後、電話やFAX、手紙は無くなったでしょうか。いいえ、無くなることはなく、ハイブリッドになったわけです。ただし、位置づけが変わりました。電話は感情を届けたり、丁寧さをプロデュースするものになったのです。同様に、移動・対面も無くなることはないと考えられます」

ワクチンが行き渡った、特効薬が見つかったというタイミングで、おそらくCOVID-19は一定の解決を見る。しかし、オンラインで価値を提供できると知った人たちは、移動・対面の位置づけを巻き戻すことはないだろう。

「これから、移動・対面は最後の一押しや謝罪といった場面でのみ利用され、オンラインがコミュニケーションのかなりの割合を占めることになると思います。オンラインの方が便利だし、速いし、コストも抑えられますから。そして一番大事なのは、人材が確保できるということです。場所の制約を受けて就職できない人たちが、オンラインを通じて価値提供できるようになります。通えるところに住んでいなければならないという大前提が無くなり、需要と供給のマッチングが非常に広がるでしょう」

この流れを裏付けるかのように、昨今、若い世代では転勤のある企業を避ける傾向が強くなっている。

「僕の父親は転勤族で、『会社のお金で全国を旅できるなんて最高じゃないか』という根無し草体質でした。しかしそうではない人たちにとって、紙ペラ一枚で『あっちへ行け』『こっちへ来い』とやられるのは暴力に等しい行為です。これを選ばなくて良くなります。つまり、働き方の選択肢が増えてきたというのが僕の見立てになります」

  • 澤氏は、人材の確保が進み需供のマッチングが進むことをもっとも重要なポイントとして挙げる (c)在本彌生 (Yayoi Arimoto)

オンラインでフラットになったプレゼン

「オンラインになったことで、プレゼンテーションも変わりました。全員が最前列になったと言えるでしょう。僕は3500人くらいを前にしてプレゼンをしたこともあるのですが、最後列の人は顔も認識できないほど遠くになります。ですがオンラインではみんな目の前にいます。そして、"雰囲気としての上司"を気にする必要もなくなりました」

会議室のなかで挙手をして発言する、という行為に抵抗を感じていた若手は多いだろう。だが、プレゼンをオンラインでやるようになってからというもの、質疑応答が非常に活発になったと澤氏は話す。

「チャットで『質問があればどうぞ、何でも答えますよ』と言うと、若手から質問が来るようになったんですね。それに対して僕は『いい質問ですね!』と返します。するとそこで心理的安全性が生まれるので、若手の方は安心して疑問をぶつけてくれるんです」

澤氏はこの変化を「雰囲気だけで話をしていた人が通用しなくなった」と表現する。会社には厳然たるヒエラルキーが存在するが、少なくともオンラインにおいては、それがフラットになった。オンライン会議の画面では、オフィスのように席順もなければ、職位が上がって椅子が豪華になることもない。

リモートワークでストレスが減った人、増えた人

さらに澤氏は、リモートワークで「オフィスの公開処刑」のストレスが軽減されたことも変化のひとつとして挙げる。よくあるオフィス席はいくつかの島でできており、いわゆる"お誕生日席"に偉い人がいる。仮に上司に呼び出しを受けたら、そういった偉い人を避け、他の社員の周りを通るルートを辿ることになるだろう。そして「あ~あ、あいつ呼び出し食らったよ。怒鳴られるな」と衆目に晒されてしまう。このような圧力がオフィスの公開処刑だ。

「オフィスの公開処刑って結構堪えますよね。みんな怒鳴られるのは嫌いですが、逃げられる人は少ないでしょうし。でもリモートワークなら『すいません、回線の調子が悪くて』といってブチッと切ることもできる。ギャーギャー怒鳴られていたら音量を下げることもできる。つまり、公開処刑の物理的な圧力はオンラインでかなり軽減されたのです。もちろん、逆にストレスが増えたという人も少なくないでしょうけれども」

日本生産性本部が行った「労務管理上の課題」に関する調査では、4割近くが「仕事の成果が適切に評価されるか不安」と答えている。澤氏は、こういった人たちを「空間を共有するなかでパフォーマンスを出すことに依存していたのではないか」と考察し、ストレスが上がった人を「圧力をかけていた人」もしくは「真面目すぎる人」と分析する。

「真面目な人ほど、リモートワークになって『空間を共有するなかでパフォーマンスを出す』という働き方ができないことに対し、不安や負い目を感じるのではないかと思います。ですが、これはそもそも構造的におかしな話で、一番大事なのは仕事の結果がわかる状態にしておくことですよね。見ていないとわからないなんて、いつの時代の話かと言いたくなります。そういった意味では、オンラインで仕事をする上で足りていない部分、可視化できていない部分がCOVID-19によって見えてきた、と言えるのではないかと思います」

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