「檄を飛ばす」と聞くと、スポーツなどの場面で監督やコーチが選手を激励している場面を思い描く人もいるのではないでしょうか。実は、「檄を飛ばす」という慣用句には、激励という意味は含まれません。この表現は、非常に誤用が多いので要注意です。

本記事では、「檄を飛ばす」の本来の意味と由来・語源、誤用の現状について解説した後、正しい意味での例文や、類語表現についても紹介します。

  • 「檄を飛ばす」とは

    「檄を飛ばす」の本来の意味を把握して正しく使いこなそう

「檄を飛ばす」とは

「檄を飛ばす」(げきをとばす)とは、「自身の主張を周囲に知らせて、同意を得るまたは決起を促す」という意味で使われる慣用句のひとつです。単純に主張するだけでなく、同意を得たい、あるいは決起を促したいという発話者の気持ちにまで踏み込んでいる点が「檄を飛ばす」という表現の大きな特徴です。

半数以上が「激励」の意味で使っている

しかし、文化庁の「平成29年度国語に関する世論調査」では、「檄を飛ばす」を「激励」の意味で使っている人が67.4%と多いという結果でした。過去の調査に比べると少し減少傾向にはありますが、それでも正しい解釈をする人は22.1%と少ない状況です。

なお「檄を飛ばす」の意味そのものがわからないと回答している人の割合は4.8%であり、まったく意味が通じない人は少ない慣用句でもあります。

世代を問わず誤用が多いため使用時は要注意

「檄を飛ばす」を「激励」の意味で使う人は、世代を問わず多く見られます。本来の意味よりも誤用の方が市民権を得ている状態と言えるので、見聞きしたときは、発話者の意図を理解する必要がある点に注意しましょう。

また、自分で「檄を飛ばす」を使う場合は、できる限り正しい意味で使うように意識しましょう。場合によっては、類義語で言い換えることも検討してみてください。

激励の意味なら別の表現がおすすめ

「激励」を表現したい場合は、「檄を飛ばす」ではなく「活を入れる」「鼓舞する」「応援する」などの表現をおすすめします。これらはすべて「激励」の意味があり、適切な表現です。

  • 「檄を飛ばす」とは

    「檄を飛ばす」の本来の意味は自身の主張を知らせ周囲の同意を得ること

「檄を飛ばす」の由来・語源

「檄を飛ばす」の由来は古代中国にあります。「檄」とは何のことなのかを理解することで本来の意味を覚えやすくなるため、この機会に覚えましょう。

檄とは木板でできた「文書」

「檄」とは、古代中国で使われていた木板の「文書」のことです。檄は、人の召集や説諭用の文書として使われていました。日本語では「めしぶみ」や「さとしぶみ」とも読みます。

現代では、一般大衆に自分の主張や考えを強く訴える文書「檄文」または「ふれぶみ」という意味を持つようになりました。

由来は中国の「飛檄(ひげき)」

古来中国では、「檄」を遠くの人にまで送り届けることを「飛檄」と表現しました。このことから「自身の主張を周囲に知らせて、同意を得るまたは決起を促す」の意味で「檄を飛ばす」という慣用句が日本でも定着し、今日に至ります。

漢字をよく見ると「激励」の「激」はさんずいで、「檄を飛ばす」の「檄」は木へんです。漢字の違いを覚えておくと、意味の違いも覚えやすくなるでしょう。

  • 「檄を飛ばす」の由来・語源

    「檄を飛ばす」の「檄」はもともと木版に書かれた文書だった

「檄を飛ばす」の正しい使い方と例文

「檄を飛ばす」を使う際は、「自分の意見を相手に伝える」という部分と「相手に同意を得たいまたは決起を促したい」が含まれている点に注目しましょう。特に、後者の「相手に同意を得たいまたは決起を促したい」という発話者の気持ちが含まれている点が重要なポイントです。

いくつかのシチュエーション別に「檄を飛ばす」を使った例文を紹介します。いずれの例文も、発話者の意見を相手に伝えるだけでなく、同意を得たい、決起を促したい、という気持ちがこもっている点に注目してください。

社長から新入社員に「檄を飛ばす」

本年度の入社式で、社長は「1日も仕事に慣れて、我が社の発展に貢献してほしい」と檄を飛ばした。

社長がいきなり新人研修の場を訪れ、新入社員に「わからないことはどんどん質問するように」と檄を飛ばした。

先輩社員から後輩社員に「檄を飛ばす」

初めて営業に出向く後輩社員に対し、先輩社員は「焦らず信頼関係構築を意識しながら受注を勝ち取ろう」と檄を飛ばした。

社内報に掲載する後輩社員へのメッセージとして、私は「やり甲斐をもって仕事に向かおう」と檄を飛ばした。

総理大臣から国民に「檄を飛ばす」

総理大臣は国民に対し、新型コロナウイルス対策について説明した後「一致団結して対策を推進し、この危機を乗り切りましょう」と檄を飛ばした。

教師から生徒に「檄を飛ばす」

私は、生徒に対していつも「継続して勉強を続けることが重要」と檄を飛ばす。

塾講師は、生徒に対して「苦手科目を克服することが志望校合格への近道」と檄を飛ばした。

  • 「檄を飛ばす」の正しい使い方と例文

    檄を飛ばしている発話者が「相手の同意を得たい」と思っている点がポイント

「檄を飛ばす」の類語表現

「檄を飛ばす」の類語表現と例文を紹介します。

檄文

「檄文」も「檄を飛ばす」と同等の意味を持つ言葉です。「檄を飛ばす」同様、意見を述べるだけでなく相手の同意を得る、決起を促す、という意味合いもこもっています。

1970年11月25日、陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した作家の三島由紀夫(みしまゆきお)の訴えを記した文章は、まさに「檄文」のわかりやすい例です。

「檄文」という表現は、新聞でも見られます。以下は、2021年1月30日付の日本経済新聞に掲載されたタイトルおよび、記事の一部です。

「サントリー佐治会長、社内メールで檄文 「やり返す」に込めた危機感」

20年末には佐治信忠会長が異例の檄文(げきぶん)を社員にメールで送付。社内には緊張感が走っている。

木の札で回していた「檄文」も、今やメールで送られる時代であることがよくわかりますね。

声明を出す

「声明を出す」は、「檄を飛ばす」に似ていますが、「相手の同意を得る、決起を促す」という意味合いは含まれません。以下は、「檄を飛ばす」と表現したい部分を「声明を出す」に変えた例文です。

総理大臣は「消費税を上げなければ財政が苦しい」との声明を出し、国民に対して理解を求めた

「国民に対して理解を求めた」の部分で、「檄を飛ばす」の「同意を得る」という部分を補っています。「声明を出す」を「檄を飛ばす」の言い換えとして使う場合は、例文のように「相手の同意を得る、決起を促す」という意味合いの言葉を補うようにしましょう。

発破をかける

「発破をかける」は、行動を促すという部分で「檄を飛ばす」に似た言葉です。ただし、「自分の意見を述べる」という意味合いはないため、「檄を飛ばす」と置き換える際は、少し文言を補う必要があります。

部長は、部下に対して「このままでは納期を守れない」と危機感を訴え、「各課で協力してこの大規模プロジェクトを何としても成功させてほしい」と発破をかけた

自分の意見を述べ、発破をかけることで「檄を飛ばす」と同義になります。

尻を叩く

「尻を叩く」は「発破をかける」と同義の言葉です。「檄を飛ばす」を「尻を叩く」に言い換える場合、「発破をかける」のように「自分の意見を述べる」部分を意識的に補いましょう。

先輩は、「このままでは県大会に優勝できない」といい、「〇〇の練習を1時間追加!」と後輩の尻を叩いた

  • 「檄を飛ばす」の類語表現

    「檄を飛ばす」を類語に置き換える場合は「相手の同意を得たい」点を補う必要あり

「檄を飛ばす」の正しい意味を把握して場面に応じて使い分けよう

「檄を飛ばす」の正しい意味は、「主張を知らせて同意を得るまたは決起を促す」です。ただし、現代では全世代を通じて過半数の人が「激励」という意味で理解しているため、今後は激励の意味も許容される可能性もあります。

とはいえ、自分で「檄を飛ばす」を使用する際は、正しい意味で使うように意識しましょう。相手が「檄を飛ばす」を使用している場合は、前後の文脈からどちらの意味で使っているかを把握することで、コミュニケーションミスを防げます。