「情けは人の為ならず」という言葉の意味を問われた際、「情けをかけるとその人のためにならない」といった解釈をされている方を少なからず見かけますが、これは誤りです。間違った使い方を続けていると、周りの人や取引先の人から知性がない人だと思われてしまうこともありますので、言葉の正しい成り立ちや意味を理解したうえで使いたいですよね。

そこで本記事では、「情けは人の為ならず」の正しい意味や使い方、類義語などについて詳しく紹介します。

  • 「情けは人の為ならず」の意味

    「情けは人の為ならず」の正しい意味と用法を覚えましょう

「情けは人の為ならず」の意味

「情けは人の為ならず」は、「人にかけた情けは巡り巡って自分のためになる」という意味のことわざです。「人のためならず」は「その人のためにならないのでよくない」という意味ではなく、「巡り巡って自分のためになる」という意味なのです。

古語の「情け」には「情愛」や「思いやり」といった意味があり、古語の「ならず」には「~ではない」という打ち消しの意味があります。現代語と意味が異なる言葉は多いので、由来や語源を理解して正しく使いたいところです。

「情けは人の為ならず」はなぜ誤用されやすい?

「情けは人の為ならず」の意味が誤用されやすいのは、古語「ならず」の意味と現在の「ならず」の意味が異なるためと考えられています。古語の「ならず」には「~ではない」という打ち消しの意味があります。この前提をもって「人のためならず」を読み解くと、「(他)人のためではない(自分のためである)といった意味になるのです。

本来「その人のためにならない」を表現するなら「情けは人のため『に』ならず」となります。しかし古語「ならず」の解釈が曖昧になっているため、全体の意味を間違えてしまうのかもしれません。

文化庁が発表した「国語に関する世論調査」によれば、45.7%の人「その人のためにならない」という誤った意味に捉えています。また、60歳以上を除くすべての世代で意味を間違えている人の割合が多いので、正しい意味を知っておかないと世代間で会話が成立しなくなる恐れもあるでしょう。

参照:
文化庁:国語に関する世論調査、言葉のQ&A「情けは人のためならず」の意味

「情け」の意味も古語とは異なる

現在では、一般的に「情け」というと「同情」という意味合いが強いため、「同情はその人のためにならない」と語釈されがちです。しかし、「情け」には「情愛」や「思いやり」という意味もあります。

「情け」が持つ本来の意味がわかれば、「情けは人の為ならず」が「人を思いやる心があれば、巡り巡って自分に返ってくる」という前向きで温かい言葉であることが理解できるはずです。

  • 「情けは人の為ならず」の意味

    「情け」や「ならず」の意味が現在とは違うので誤用しないように注意しましょう

「情けは人の為ならず」には続きがある?

「情けは人の為ならず」には、後に続く言葉があると言われているのをご存じでしょうか。

「情けは人の為ならず 巡り巡って己がため」

本来は上記のように「巡り巡って己がため」までがセットだとする説があるようです。また、「己が心の慰めと知れ」が続く言葉だという説もあります。これには後述する由来が関係しているので、次でくわしく見ていきましょう。

「情けは人の為ならず」の由来

「情けは人の為ならず」の由来は、鎌倉時代の軍記物語「曽我物語」という説があります。明確ではありませんが、曽我物語に記述が登場して以降、多くの物語や謡曲に「情けは人の為ならず」が見られるのは事実です。

「情けは人の為ならず、巡り巡って己がため」という言葉が先にあり、この言葉から「情けは人の為ならず」のことわざが生まれたという説もあります。

諸説ある「情けは人の為ならず」の語源ですが、どの説が正解だとしても、昔から調和や人との縁を重んじる日本人らしいことわざであることに違いはありません。

新渡戸稲造も語った「情けは人の為ならず」

大正4年に発売された新渡戸稲造の著書「一日一言」には、以下のような記述があります。

施せし情は人のためならず おのがこゝろの慰めと知れ
我れ人にかけし恵は忘れても ひとの恩をば長く忘るな

出典:新渡戸稲造著『[新訳]一日一言:「武士道」を貫いて生きるための366の格言集」』

この言葉では「情というのは人のためではなく自分のためにかけるものだ。人にしたよいことは忘れてもいいが、人からよくしてもらったことは忘れてはいけない」ということを伝えています。

「情けは見返りを求めるために人にかけるものではない」の意味もあり、新渡戸稲造の書籍を「情けは人の為ならず」の語源とする説もあるようです。

「情けは人の為ならず」の使い方と例文

「情けは人の為ならず」では「巡り巡って自分に返ってくる」という意味合いを表すのがポイントです。「情けをかけた相手が直接恩返しをしてくれる」の意味はないので注意しましょう。

下記に「情けは人の為ならず」の例文をご紹介します。日常生活だけではなくビジネスでも「人によいことをするのは自分のためにもなる」を表現するシーンはあるので、適切に使っていきましょう。

「情けは人の為ならず」の例文

「情けは人の為ならず。新人を積極的にフォローしてあげてください」

上記はビジネスシーンでの用例です。情愛や思いやりを持って新人に接すれば、巡り巡って自分にもよい結果が返ってくるかもしれません。

「情けは人の為ならずと言うから、常に人に優しく接するのはいいことだ」
「情けは人の為ならずなのだから、困っている人は積極的に助けよう」

日常生活でも「情けは人の為ならず」を使うシーンは多いでしょう。電車内で高齢者に席を譲れば、自分が高齢者になったときにその光景を見ていた子どもに席を譲ってもらえるかもしれません。

  • 「情けは人の為ならず」の由来

    「情けは人の為ならず」の語源には諸説ありますが、温かい言葉であることには変わりありません

「情けは人の為ならず」の類義語

「情けは人の為ならず」の類義語をご紹介します。

因果応報

「因果応報」は、「よいことをすればその結果として自分にもよいことが起こり、悪い行いをすれば自分にも悪いことが起こる」という意味の四字熟語です。

もともとは仏教用語で「前世の業は自分に返ってくる」という教えを表していましたが、現在では「物事が起きた原因は自分に返ってくる」という意味で広く使われています。

因果応報は悪い意味で使われることもありますが、「よい行いをすれば自分にもよい行いが返ってくる」というプラスイメージでも問題なく使えます。マイナスイメージで因果応報を使う場合には「情けは人の為ならず」の類義語にはなりません。

善因善果

「善因善果」は 「よい行いすれば、自分にもよい結果が起こる」という意味の四字熟語です。「善因」はよい結果につながる原因、「善果」はよい果報を指しています。そのため、「人に情けをかけると自分に返ってくる」という意味を表す「情けは人の為ならず」の類義語になるのです。

  • 「情けは人の為ならず」の類義語

    「情けは人の為ならず」の類義語も覚えて語彙力を高めましょう

「情けは人の為ならず」の対義語

「情けは人の為ならず」の対義語をご紹介します。

身から出た錆

「身から出た錆」は「自分の悪行によって自分が苦しむこと」を意味する言葉です。よい行いではなく「悪い行いが巡り巡って返ってくる」という意味なので、「情けは人の為ならず」の対義語として使えます。

悪因悪果

「悪因悪果」は「悪い行いをすれば、それが原因となって悪い結果が起きる」という意味の四字熟語です。前出の「身から出た錆び」と同じく「悪い行いが自分に返ってくる」の意味があるため「情けは人の為ならず」の対義語になります。

「情けは人の為ならず」の英語表現

「情けは人の為ならず」の英語表現をご紹介します。

One good turn deserves another.

good turnは「善行」という意味があるので、直訳すると「ひとつの善行がもうひとつの善行に値する」となります。英語版「情けは人の為ならず」として、そのまま使える表現です。

なお、「悪行が巡り巡って自分に返ってくる」を表現したい場合は「One bad turn deserves another.」になります。

  • 「情けは人の為ならず」の英語表現

    英語でも「情けは人の為ならず」を表現できます

「情けは人の為ならず」を正しく使いこなそう

「情けは人の為ならず」は、「人に情けをかけると巡り巡って自分のためになる」という意味のことわざです。

多くの人が「情けをかけると、その人のためにならない」と誤認識をしているので、正しい意味で使えるようにしておきましょう。また、「情けをかけた相手が直接恩返しをしてくれる」という意味合いはないので注意してください。

現代では「人への情けは結局自分のためになる」という考え方は難しいかもしれませんが、ビジネスシーンでも情愛や思いやりは忘れないようにしたいものです。