ステージ4の血液のがん・悪性リンパ腫から復帰を果たしたフリーの笠井信輔アナウンサー。一時は死を覚悟しながらも、生きる希望を求めて奮闘した闘病の記録や、その中で感じたことなどを記した新著『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』(KADOKAWA刊)を18日に刊行した。

この闘病生活を乗り越えられたのは、SNSに寄せられる応援の声、そして妻・ますみさんの存在が大きかったという。今回の本に込めた狙いに加え、絶大な信頼を寄せる彼女への思いを語ってくれた――。

  • 笠井信輔アナウンサー(右)と妻のますみさん 撮影:石川正勝

    笠井信輔アナウンサー(右)と妻のますみさん 撮影:石川正勝

■阪神・淡路大震災の経験から書いた日誌

今回執筆したきっかけの1つは、「悪性リンパ腫という困難をどう乗り越えていくかという中で、自分の思いというものを本に書いていったら、自分にとっても意味のあるものになるんじゃないかと」という思いから。

これに大きな役割を果たしたのが、ブログ、インスタグラムに加え、闘病生活で感じたことを細かく記録していた「りんちゃん日誌」だ。明るく前向きにという気持ちで、「悪性リンパ腫」から「りん」を取って名付けられたこの日誌をつづることになった理由は、阪神・淡路大震災(95年)を取材した経験からだという。

「人間って、ものすごく異常な体験をすると、そのことは絶対に忘れないんですけど、それに付随した細かなことっていうのは、結構忘れるものなんですよ。阪神大震災が起きたときに取材した人を1年後にもう一度訪ねてみるという企画を立てて行ってみたら、1人のおばあちゃんが『私はあなたの取材なんて受けていません』って言い張るんです。でも、当時取材したVTRを見せたら『これ、私だ…』ってなるんですね。発災してから2日目に会った人でもそうだったんです。それくらい、人間の記憶って曖昧なものなので、やっぱり細かく書かなきゃと思って、いろんなことを記録していったことで、今回、本にすることができたんです」

こうしてブログ、インスタグラム、「りんちゃん日誌」を活用して構成することで、記憶が置き換えられるおそれのある回顧録ではなく、当時のリアルな心情を盛り込むことができた。

改めて、当時書いていたものを見返すと、「あんなに痛みで苦しんでいたのか、というのに気付かされました。1時間ごとに『痛い、痛い』って書いていたくらい。でも、痛み止めを飲みながらなんとかコントロールすることができたという記憶のほうが強いんですよね」とのこと。

さらに、「ブログに、風呂場で倒れて苦しかったことが書いてあるんですが、その前に実はすごくうれしいことがあったというのが『りんちゃん日誌』に書いてあったりもして。同じ日の出来事でも、大きな体験の記憶しか残らないんですよ。だから、人間の記憶って面白いなと思いますね」と確認した。

■“前向きブログ”だけでは「ウソだと分かる」

『生きる力 引き算の縁と足し算の縁』(KADOKAWA刊)

今回の本は、ユーモアにあふれた筆致が随所で見られるのが特徴だ。それは、ブログ、インスタグラムでも同様で、「やっぱり見ている人に楽しんでもらいたいと思うんです」という気持ちと、「暗い文体にしたら、どんどんそこに気持ちが絡め取られていくんです。自分の文字に負のパワーがあって、書いていくうちに沼にハマっていってしまう。だから、明るく書いて気分を上げるという“自己防御”というのもあります」と狙いを明かす。

その一方で、「あまりにも抗がん剤がキツかったので、グロッキーになることもありました。でもそのことを隠していたら、ウソだなと思ったんです」とも意識。

「いくらでも“前向きブログ”として世の中に出すことはできるんですけど、がんを経験した方々、現在闘病中の人たちにはウソだと分かる。明るくやっている姿だけを出すのは、失礼だなと思いました。だから、『今日は本当にしんどかった』『今日は倒れてしまった』というのもちゃんと書くと決めました」