犬のまっすぐでひたむきな感情に私たちは突き動され、それが恋人同士や家族関係にプラスの変化をもたらすことがある。囚人に犬の世話をさせることで、「命を預かる責任感や使命感」を自覚するようになる。ドッグライフカウンセラーの三浦健太さんが、何も変わらずただそばにいるだけで、こんなにも人を支え、変えてくれる犬の不思議な力について解説する。

  • 【犬が教えてくれること。】無邪気な心といるだけで、人は変わる! / ドッグライフカウンセラー・三浦健太

犬のまっすぐさが、家族関係も好転させてしまう?

「栄養バランスを考えてもっと野菜を食べよう」「話題に乗り遅れないようにあのアニメを観に行こう」人は行動を起こすとき必ず何かしら理由をつけようとします。単純に「素敵だな」「好きだな」と思うことにさえ、なぜ自分はそう思うのか? などの理由をいちいち考えて行動を合理化しがちなのが人間です。

一方、犬はひたすら感情に正直に動きます。「なぜそうするのか? 」「なぜそうしたいのか? 」という理由もたぶん、わかっていません。なぜ一緒にいたいの? の答えはきっと、「ただ一緒にいたいから」なのです。

犬がいる家庭では、この犬のまっすぐさに影響されて、飼い主である人間も、夫婦や親子、恋人の関係が大きく好転することがあります。

例えばある家族のケース。父親は仕事で忙しく、ほとんど家にいませんでした。一人娘も吹奏楽部の部活に熱中し、たまにする2人の会話はとても表面的なものでした。そんな中、家族で飼っていたいたずら好きの犬は、娘が使っている打楽器のバチをたびたびソファなどに隠しました。

犬は大好きな娘が部活で帰りが遅くなるのを知っていたのです。しかし、年老いた犬はある日、その命を全うすることになります。家族から愛犬の訃報を聞いて家に戻ると犬はソファで眠りについていました。そしてその傍らには朝見つからなかったスティックケースがありました。

「今日はよっぽど出かけてほしくなかったんだね」母親が言うと娘は感情を爆発させ、「私だってお父さんのカバン隠したかったよ」と訴えました。父は「帰ってこられなくてごめん」と目を真っ赤にして娘に謝りました。家族全員で号泣でした。犬の娘さんを思うひたむきさが家族の心を溶かしたのです。

家族の幸せは犬の幸せ。犬の幸せは家族の幸せ

前述の家族なら父親は「家の生活費を稼ぐために俺は必死に働いている」と思っているかもしれませんし、子供は「誰も私の悩みをわかってくれない」と屈折した気持ちを抱えているかもしれません。人間の「群れ」の最小単位が家族ですが、人間の「群れ」はしょせん「エゴの集団」なので、価値観を統一するのは難しいんですね。

ところが、犬は、価値観を同化して喜怒哀楽を共にするという群れ(家族)の作り方をします。群れ全体が飢えている時には自分のえさをリーダーに預けることさえもあります。だから、家族の価値観や犬に対するしつけがバラバラの家庭では、犬も幸せになれません。

夫婦間の価値観が違う家庭で育った犬は、たとえば覚えていたはずのトイレトレーニングに失敗したり、突然吠えだしたりしてしまいます。犬は群れの中で同じルールで生きているので、同じ屋根の下で2つのルールがあると落ち着かなくなります。そうすると同じ匂いで統一したくなって、あちこちにマーキングするわけです。

逆に言うと、夫婦間でよく会話をして価値観を共有しておけば、一緒に暮らす犬は最愛の群れの中で満足感に満たされ幸せになれます。家族の幸せは犬の幸せであり、犬の幸せは家族の幸せとなるわけです。犬は群れ(家族)の幸せのバロメーターといえるでしょう。

見返りのないものを愛することで、自分のやさしさを確認する

「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」という小説の名セリフがあります。人間が人間として生きていくためには、どんなに冷徹な人でも「本当は自分だってやさしいんだ」とどこかで思いたいはずです。冷酷非道のマフィアもファミリーには優しいですよね。

では「自分はやさしい人間だ」と自覚できるのはどんな時でしょうか? 私はそれは「見返りのないものを愛することができた」時だと考えています。見返りのあるものにいくら愛情を注いでも、見返りが始まった途端に打算になりますから。そして、その表現の1つが犬を飼うことなのではないかと思います。

社員をこきつかってみんなにブーブー文句言われ、冷たい人だと言われる鬼のような社長でも、家に帰ってとくに取り柄もない犬を大事にしている瞬間、「ああ、俺は本当はやさしい人間なのだ」と自覚できる。犬がただそこにいるだけでそう思わせてくれるんです。

“自分は社会から必要とされていない”とカサカサになった心を動かす犬

アメリカのある州の女性刑務所で、女囚の職業訓練の一環として「犬のトレーナーを目指す」というカリキュラムが実施されたことがあります。このカリキュラムはその後、身寄りのない高齢者や自閉症児にも採用されました。

囚人、身寄りのない高齢者、自閉症児に共通するのは、この三者とも社会から疎外され、「自分は世の中に必要とされていない」と考えがちな人たちであることです。その人たちに、命のあるものを預けることで、少なくとも自分はこの犬のために必要だ、この犬の命を自分が握っているんだ、という責任感が生まれます。

やがてそれは社会の中であなたを必要とする人もいるんだよというメッセージになり、社会の一員として復帰する訓練にもなるのです。実際に、犬を飼うことで自殺する老人が減り、女性の刑務所での更生率が80%まで上がって、刑務所に戻ってくる率が圧倒的に減ったという報告もあります。

これまでお話してきたように、人間は犬の理屈抜きでまっすぐな感情に突き動されてしまうことがあります。犬に無償の愛を注ぐことで、どんな人間も自分の“内面のやさしさ”にほっとできる瞬間があります。人間を必要として一生懸命そばで生きてくれている犬が、「あなたには生きる価値があるんだよ」と教えてくれることがあります。ただそばにいるだけで、犬たちはこんなにも人を変えてくれるのです。

  • 三浦家の愛犬たち。黒が静岡県の愛護センターで保護された凪(なぎ)ちゃん、10才。手前茶色が富士の道の駅周辺でうろついていた野犬のマヨちゃん、10才ぐらい。白の小型犬は飼い主の老人が東日本大震災で亡くなり、親戚に預けられたが、そこで虐げられていたため引き取った小型犬のスーちゃん(チワワ)。2020年春に病気で亡くなりました。