「何をしたら幸せになるかとかじゃなくて、自分がいる場所を幸せになれるように変えていく・作っていくということが大事」。笑顔でそう語るのは、女優の橋本愛だ。WOWOW『連続ドラマW パレートの誤算 ~ケースワーカー殺人事件』(3月7日スタート 毎週土曜 22:00~全5話※第1話は無料放送)では、生活保護とヤクザが絡んだ行政の闇に巻き込まれるケースワーカーを演じる橋本に、作品や役柄に対する思いから、大切にしている言葉、「いつ辞めてもいいというスタンスだった」女優業に対する心境の変化、そして自身に影響を与えた存在などについて話を聞いた。

WOWOW『連続ドラマW パレートの誤算 ~ケースワーカー殺人事件』に主演する橋本愛

橋本愛
1996年1月12日生まれ。熊本県出身。2010年の映画『告白』で脚光を浴び、以降は映画『桐島、部活やめるってよ』(12年)、『リトル・フォレスト』(2部作/14年、15年)、『PARKS』(17年)『ここは退屈迎えに来て』(18年)などに出演。NKH連続テレビ小説『あまちゃん』など多数の作品に出演。現在は映画『グッドバイ ~嘘からはじまる人生喜劇~』が公開中。

――本作で演じられた聡美は、先輩のケースワーカーが不審な死を遂げたことをきっかけに、さまざまな困難に立ち向かっていく女性ですね。演じてみていかがですか?

すごく楽しいです。聡美ちゃんというキャラクターが、ものすごく偉い女の子なので。こんなに強くて、行動力と精神力と生命力にあふれた女の子を演じるというのは、自分もものすごく勇気や力をもらえたりするので、聡美ちゃんとして生きている時間が長いことも全然苦痛じゃないというか、寧ろ楽しいです。彼女から勇気をもらっているので、この作品を見てくれた人にとっても、聡美ちゃんがそういう人になって、心の中に残ってくれたらいいなという思いがあります。

――柚月裕子さんの原作とは異なる描写も少なくないですが、台本を読んで、物語に対してどんな印象を持たれましたか?

エンターテインメント的なスピード感があってすごく面白かったし、原作を読んでからまた読むと、けっこう違うところがあるんですよね。原作者へのリスペクトだったり、原作そのものの本質を見失わないということは前提としたうえで、監督だったりスタッフさんたちの思想とか哲学が、ちゃんと落とし込まれていて、ある種オリジナル作品っぽさがあるんです。原作から改変したところがあったとしても、物を作る人のパッションが入っているからこそ「原作と違うじゃないか」というような感じにならないというか。それはそれで監督の考えだし、監督の作品になるというのが、私の中でけっこう新鮮で、「あ、こういうものの作り方もあるんだな」と思いました。

――本作の撮影中、Instagramに「役は必ず自分より偉い。勇気がある。意志が強い。私も強くなった方だけど、到底及ばない。自分への尊敬が役への尊敬を上回ることはない。大事な言葉です。一生そうありたいなー」と綴られていました。とても印象的な言葉ですが、そういったマインドになった背景は?

「自分の尊敬が、役の尊敬を上回ることはない」という言葉を、ある偉大なる女優さんが仰っていて。私はそのとき、若干驕っていたところがあったなと思ったんです。役って、未熟なところから始まるじゃないですか。ある観点から、ちょっと足りていないところから始まるんですけど、私は足りていると思っていたんです(笑)。人によりますけど、「別に私は、この部分は持っているな。勿論、持っていないものもあるけど」という視点があったのが、その一文を読んで「え?」と思って。

よくよく考えたら「確かに…」と。役を過小評価していたじゃないですけど、キャラクターの本当の強さだったり、本当の生きる力の強さみたいなものを、今より感じ取るものが少なかったなと思って。その言葉で、ガラッと視点が変わって(役に対する尊敬には)到底及ばないという意識になってからは、演じることで自分が勇気や力をもらったりするのは勿論ですし、自分が普通に生きているうえで、すごく小心者なので、「ああ、言えなかった」「やれなかった!」ということがたくさんあるんですけど、役はあたりまえのようにそれをやれるんですよね。

やっぱりすごいなと思うし、そういう、「弱い部分もある強い人」をお客さんは見に来ているので、そこは見せてあげなきゃいけないというか、映画やドラマなどの全ての美術作品がこの世に存在する意義そのものだなと思っているんです。だから、演じれば全員、自分より偉いし強いし、すごい人なので、いい仕事だなあと思います(笑)。

――ケースワーカーや生活保護についての勉強以外で、本作の撮影にあたって事前に取り組んだことは?

そもそも聡美ちゃんが、身の危険を顧みず、自分の先輩である山川さんが、なぜ殺されたのか・なんで死なければならかったのかということについて、ここまで突き進んでいく力の源となるものを掘り下げていくということに、いちばん時間をかけたかなと思っています。聡美ちゃんの中にある、日本・社会・街・人に対しての、全部の怒りという感情が鮮明に見えてきたときに、「ああ、私の中にもあるものだな」という風に思いました。そこを繋げられたから、現場ではけっこう動きやすくなっていて。毎シーン・毎シーン、けっこう詰め切らないと動けない役や作品もあるんですけど、今回は、手は抜かないけど力は抜いていても、「あ、ちゃんと動ける」という実感がすごく多いので、良かったなあ、楽しいなあと思って演じています。

――生活保護を軸とした社会問題を深く描く本作からは、どんなものを受け取ることができましたか?

自分の専門分野に対して諦めるということは絶対にしなかったんですけど、社会に対してけっこう諦めが強くなっていたなと思い直して、「やっぱりだめだ!」と。聡美ちゃんを、この作品を通して「一からぶつかってみよう」という風に、思い直すきっかけになりましたね。

――いわゆる社会派ミステリーというジャンルについてはどんな思いがありますか?

もともとミステリーというものに、ヒューマンドラマじゃなくなっちゃうんじゃないかと、ちょっと苦手意識を持っていたんです。ただ謎を追うだけの作品にはしたくないなと思っていたから、そこに対しては不安があったんですけど、この作品はすごく人間を描いているし、ミステリーでもあるけれど、基本は社会とそこで生きる人々を描いているので、ものすごく意義がありますね。ただ、ミステリーってものすごく頭を使うんだなと…(笑)。糖分、めっちゃ摂取しながらやっています(笑)。

――多彩な役者さんたちが出演していますが、共演者との印象的なエピソードは?

(生保受給者の一人である安西佳子を演じる)松本まりかさんが、もともとすごく好きというか、一度だけお芝居を見たことがあって、その時に「わ、すごいな」と衝撃を受けました。あと、松本さんのインタビューを読んで、ものすごく勇気をもらったことがあったんです。今回ご一緒できると聞いて、すごくうれしくて。松本さんと一対一のお芝居をするときに、一人では到達できないところに、お互いが掛け合いをすることでやっと行ける境地みたいなところに行けたことが、ものすごくうれしくて。「ああ、ずっとやっていたいなあ」と思いました。

――聡美は望んでケースワーカーになったわけではありませんが、物語を通じて、ケースワーカーという職に責任感や情熱を見出していきます。橋本さんはオーディションで芸能界に入られ、『Seventeen』モデルを経て女優業に進出されました。始めた当初から、女優というお仕事は好きでしたか?それとも聡美のように、やりにくさや後ろ向きな気持ちもありましたか?

確かに(笑)。苦手でしたね。苦手というか、いつ辞めてもいいというスタンスだったので。今とは全然違いました。

――積み重ねていくものなのかなと思うのですが、女優として生きていくという意志を持つきっかけなどはあったのでしょうか?

記憶だと確か…成人する前までは「いつ辞めるかわかんないなあ」と思っていたので、成人して、本当に最近ですよね。最近やっと、おばあちゃんになっても、やっているんじゃないかという未来が見えてきたというか。きっかけは…最初はやっぱり諦めからですね。ああ、「もう就職活動、無理だ」って(笑)。「今更、無理じゃない?」という、その諦めから(笑)。

何をしたら幸せになるかとかじゃなくて、自分がいる場所を幸せになれるように変えていく・作っていくということが大事だなと思って。それからものすごく生きやすくなったし、そうやって視界が開けてからは、この仕事の魅力をものすごく感じるようになっていきました。年々、新たな目標じゃないけど、目的というか、この仕事だからできることがどんどん増えていって「あ、なんか人生楽しいかも」と思えているのは、ものすごく健康的で、嬉しいですね(笑)。

――そういった意識に変わる背景には、何か出会いがあったりしたのでしょうか?

そう思えたと言うと、ちょっと違うかもしれないんですけど…『グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~』という映画が…あ、なんか宣伝みたい(笑)。2月に公開されるんですけど、撮影したのがもう一昨年の秋頃で、だいぶ前なんです。その時の、成島出監督との出会いが、自分の中でものすごく大きな財産になっています。成島監督に出会えたから、教えてもらったことがたくさんあったから、そのおかげで何段階も前向きに、この女優さんという仕事に対しても、映画だったり物を作るっていうことに対して「すごく意義のあることなんだ」って思えました。前は、頭だけで考えていたような気がしていたんですけど、心から自分が動いている感じがするのは、成島監督との出会いがすごく大きかったなって思っていますね。