“いい人”キャラの草なぎ剛が、金に汚く、娘から「自立しろよ」とまで言われしまうクズでゲスな中年男を振り切った演技で体現した『台風家族』(9月6日公開)。本作は『箱入り息子の恋』(13)の市井昌秀監督が12年間温めてきた念願の企画を映画化だが、主人公のキャラは半ば草なぎをイメージしたものだというから驚く。

映画は両親が銀行強盗で強奪した2000万円とともに失踪してから10年後、時効の成立とともに久しぶり実家に集まった4兄弟が遺産分与をめぐって醜い争いをする姿をシニカルに描いたもの。そこではキャスト陣の剥き出しの感情がぶつかり合うが、市井監督は兄弟の中でも最もゲスでクズとして描かれる主人公の長男・小鉄役には最初から草なぎ剛を想定していたという。果たしてその真意と、キャスティングされた草なぎがもたらした功績とは!?

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    主演の草なぎ剛(左)と市井昌秀監督

――『台風家族』は市井監督が12年間温めていたオリジナル脚本の映画化なんですね。

そうなんです。アイデアのもとになったのは幼いころの出来事です。大型の台風が来て街中が停電になったことがあったんですけど、夜中、台風が去った後、家族で外に出てすごくはしゃいだ記憶が鮮明に残っていたので、台風と家族をつないだ映画を撮れないかなと思ったのが最初で。数年前からオリジナル脚本の映画を撮りたいと思い始めたときに、それをもう一度持ち出してきたというわけです。でも、実はこの映画の撮影に入る前は、もともとのものをベースにしながら脚本を書くために、昼はポスティングの仕事、夜は執筆という日々を送っていました。そんな経緯があったので、去年、撮影で現場にいたときはたまらなくうれしくて、とても幸せでしたね。

――本作で醜い遺産相続争いを繰り広げる鈴木家の4兄弟は、特に本当の兄弟に見えることを念頭にキャスティングされたそうですが、その長男・小鉄役に草なぎ剛さんを起用されたポイントは何だったのでしょう?

草なぎさんの少し無骨な役やものすごくいい人の役は見たことがあるけれど、人間臭い平凡なズルさや醜さを持ったそのへんにいそうな人間の役は見たことがないなと思って。しょうもないことを大人になったいまも根に持っている、小ズルい小鉄を草なぎさんが演じてくれたら面白いだろうなと考えたんです。

――草なぎさんの中にもそういう部分があるのではないか? と思われたわけですね。

というより、そういう草なぎさんを僕が見たいという期待の方が大きかったです。これまでの彼は役柄的にもスター性の強いものが多かったと思うんですけど、草なぎさんがしょうもないことにこだわって、小っちゃいことを執念深くやるところに面白みが出るような気がしたんです。それこそ、劇中で小鉄は三男の千尋(中村倫也)のことを「このクソボケフニャチンカス野郎!」ってバカにしますけど、あの最低なセリフも草なぎさんが言ったら面白いだろうな~と思いながら書いたところがあるんですよね(笑)。

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――それにしても、ここまで草なぎさんが振り切って、クズになりきっているとは思いませんでした(笑)。

頑張らない努力をしていただいたような気がします。演じるときにはどうしても力が入ってしまう。でも、僕は草なぎさんの小鉄を見たかったし、すべてのキャストに求めたことですけど、わざとコミカルな演技をするのではなく、あくまでもそこに実際にいる人間でいてもらいたかったんです。そうすると頑張らなくていいのかなという思考になるし、その人自身が滲み出る。みなさんけっこう悩まれたと思いますが、ご自身に近い生身の人間で現場にいてくれたと思います。

――草なぎさんが小鉄になったと思われた瞬間はいつですか?

10年前の回想シーンからクランクインしたんですけど、実際には10年ぶりに訪れた実家の中に入ってからですね。部屋に入ってきた途端に、壊れて動かない扇風機をバーンと叩き、すぐに物置の方へ行くくだり。あの衝動的で短気な言動を見せた草なぎさんを見たときに、ああ、これが小鉄なんだ! って思いましたから。

――草なぎさんが演じたことでよくなったところや、監督が想像していた以上のものが出てきて驚かれたようなことは?

暴れるときの迫力はとんでもなかったですね。例えばタンスの引き出しをバーンって出して、中の物を投げ散らかしながら暴れるシーンを長回しで撮ったときも、テストを入れると7テイクぐらいやってもらったんです。でも、草なぎさんはそのすべてのテイクを熱量を変えずにやってくれたので、草なぎさんだからこその迫力のある小鉄になった。しかも、その要所要所に弱さが垣間見えたのがよかったんですよね。

――弱さですか?

小鉄ってどこか中二的なところがあって、派手に暴れれば暴れるほど弱さが見えるタイプの人間だと思うんです。草なぎさんがそこをどこまで考えてやったのかは分からないけれど、仕上がったものを見ると、ただ暴れているのではなく、弱さを隠すために暴れている感じもしっかり醸し出されていて。そんなところまで、すごく繊細に演じていただいたなと思っています。

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