男性の育児参加の促進に関する議論が活発化し、育児休業に関しては、「義務化」の賛否まで叫ばれるほど浸透していない男性の育休。なぜ一向に取得が進まないのでしょうか。また、企業はこの制度をどのように位置づけ、推進、運用すれば良いのでしょう。

人事コンサルタントとして、多くの企業で働き方の制度設計を行うリクルートマネジメントソリューションズの青木麻美氏に話を伺いました。

  • 取得率が上がらない日本での男性育児休業(写真:マイナビニュース)

    取得率が上がらない日本での男性育児休業

男性育休推進の要は「会社ごと化」「みんなごと化」

育児・介護休業法上では、育児休業は原則子どもが1歳になるまで男女どちらも取得できることになっています。しかし、厚生労働省が発表した「平成30年度雇用均等基本調査」(速報版)によると、2018年の男性の取得率は6.16%(女性は82.2%)。前年度より1.02ポイント上昇しているものの、相変わらずの低迷した状況が続いています。

  • 平成30年度雇用均等基本調査(速報版) 出典:厚生労働省

    平成30年度雇用均等基本調査(速報版) 出典:厚生労働省

こうした状況を受け、今あちこちで「男性育休」に対する議論が盛り上がっていますが、青木氏は、男性育休という制度を定着させるには、それぞれの企業において、この制度をいかに「会社ごと化」「みんなごと化」できるかが大きなカギになると話します。

  • リクルートマネジメントソリューションズ コンサルティング部 マネジャー 青木麻美氏

    リクルートマネジメントソリューションズ コンサルティング部 マネジャー 青木麻美氏

「これからお話する『育休』『男性育休』とは『育児休業』と『育児目的の休暇』の両方を含む言葉とさせてください。休業することの従業員のデメリットを考慮して、育児目的に休暇の拡充や取得推進に取組まれている企業もあるので、それらも含んでお話します。

育児休業ではなく育児休暇の事例ですが、『会社ごと化』『みんなごと化』を実践しながら推進している事例としてご紹介すると、弊社のグループ会社であるリクルートコミュニケーションズでは、男性育児休暇の取得を必須化しています。でもこれは、『育休を取ってほしいから』行っているのではありません」。

同社はダイバーシティ推進を経営戦略の一つとし、多様な人材が活躍できる組織を創っています。男性が育児・家事に参加することで、女性の社会復帰および活躍推進に影響を与え、ひいてはダイバーシティの実現につながる。その支援策として男性の育児休暇に関する制度を改定したと青木氏は言います。

「男性育休の推進にあたっては、このように、自社の経営戦略における目的との紐付けがとても大事で、かつ、この制度の必要性をすべての社員に実感値を持って認識してもらわなければなりません。そうでないと、不公平感が生まれるなどして現場の納得度が下がり、当事者も、取得を強く推奨されているんだという気持ちになりにくいと思います」。

フルコミットメント社員が減る

ここで重要なポイントとなるのが「リアリティ」であると青木氏。「ある組織の将来予測の図」を例に挙げてこう説明します。

  • ある組織の将来予測の図 提供:リクルートマネジメントソリューションズ

    ある組織の将来予測の図 提供:リクルートマネジメントソリューションズ

「40代半ばの課長がいて、働き盛りは40、50代の男性、一時期採用をきちんと行っていなかったので30代の男性が少なく、女性は20代後半から30代前半。こうした職場は結構あると思うのです。この職場が5年経つと、50代は介護に従事、共働きの世帯も増えているので男性も育児に参加するようになり、女性も時短勤務だったり産休に入ったりする。

これを見てもわかるように、今後は、場所とか時間とかキャリアの拘束性が高い仕事に就ける人=『フルコミットメント社員』はどんどん減っていくのです。これからは、フルコミットメントでない人でもできる仕事、働ける環境が大事になっていく。働き方の見直しは今が勝負なのです。そう考えたときに、男性育休の推進というのは、会社が変わる一つの機会になるのではないかと思うのです」。

  • 職場環境の変化の図 提供:リクルートマネジメントソリューションズ

    職場環境の変化の図 提供:リクルートマネジメントソリューションズ

これまで日本の企業が行ってきた仕事の進め方、分業を曖昧にし、すり合わせのコミュニケーションで業務を進めていくという方法は、日本の技術の高さなどの強みにつながってはいるものの、仕事が人に付いているため、担当者が変わったときにその業務が成り立ちにくくなるなど、継続性の高い事業遂行にはつながっていない。

その上で、さらに今後フルコミットメント社員がいなくなってしまうという状況に陥ってしまうと、会社が立ち行かなくなるだろうと青木氏は言います。

「男性社員も育休で1カ月なり2週間なり休むという状況を作ることによって、きちんと自分の仕事を棚卸しして他の人に渡すとか、自分がいない状況を標準化して身近にする。これは、個人としても会社としても、生産性の高い仕事の進め方に移行していくのに有効な手段、機会ではないかと思います」。

つまり、「男性育休は、働き方改革という企業の大きなアジェンダの一部で、自社の事業遂行に絶対必要なものである。長期的に見ると仕事の進め方を見直していく施策である」。すべての社員がそういう共通認識を持てるようになることが、男性の育休取得率を上げるための要になるということだそう。

男性育休の推進にマネジャーの声は不可欠

さらに、企業が男性育休を推進するにあたって不可欠なのが、現場のマネジャーの声を聞くことだと青木氏は言います。

「男性育休に限らず、働き方の見直しをしていく中での一番の課題は、現場のマネジャーの負荷がものすごく高まっているということです。彼らは、プレイヤーをやりながら厳しい条件下でメンバーの労務管理を行っており、しかも人材が多様になっているので、今まで通りのやり方は通用しません。

今ですら大変なのに、そこにさらにアドオンで新しい施策をもっと推奨してくださいというのは酷だと思うのです。彼らに、どうしたら困らないのか、どうしたらうまく運用できるのかを丁寧にヒアリングし、それを施策に反映してあげることが、男性育休推進においても一番のポイントになると思います」。

またそのとき、自社の男性社員がどのくらいの期間や頻度、時期に育休を取得したいと思っているのかというデータをきちんと用意した上でヒアリングをかけることが重要だと青木氏。

「男性が育休をとる期間、頻度、時期は、女性とは違うはずです。そのことが具体的にならないまま男性育休を推奨しましょうと言っても現場は困ってしまいます。その会社の男性社員がどういうパターンで育休を取得したがっているのか、恐らくそれは複数パターンになると思いますが、あらかじめそういう情報を持った上で運用方法を設計していくことが大事だと思います」。

一般的に、男性が考えている育休の取得希望期間は1カ月以内が多いです。仮に、「来週1週間、または来月は1カ月取得したい」と言われたら現場もマネジャーも混乱してしまいますが、例えば半年とか、数カ月前から予定しておけば、リフレッシュ休暇やステップアップ休暇の制度と同じようなイメージで運用できるはずだと青木氏。

「困るのは、取得するタイミングが分からないということ。それさえ明らかになっていれば、1カ月くらいの取得は何とかなるし、1週間くらいなら有給休暇をとるのとそう変わりはないと、多くのマネジャーが言っています。

社員1人が1週間~1カ月職場を離れることで仕事が立ち行かなくなるという状況は、そもそも事業遂行を満たしていない組織体制であり、根本解決が必要。そういう意味で、男性育休の推進は、どの企業でもできることだと私は思います」。

取材協力:青木麻美(あおき・あさみ)

リクルートマネジメントソリューションズ
コンサルティング部 マネジャー
電気メーカーでの営業職、研修会社での人材開発施策の企画設計・講師(トレーナー)を経て、2015年より現職。HRM領域のコンサルタント業務を開始。人事コンサルタントとして、ダイバシティマネジメント、働き方改革の推進、組織開発や人事制度設計を担当。