1988年のコンビ結成以来、政治から芸能まで世の中のあらゆるジャンルの出来事を漫才のネタにしてきた爆笑問題(田中裕二・太田光)。現在発売中のDVD『2019年度版 漫才 爆笑問題のツーショット』でも恒例となる1時間ノンストップの時事ネタ漫才を披露している。昨年コンビ結成30年を迎え、今年は平成から令和に変わる歴史的な節目を迎えた二人は今、どんなことを思っているのか。時代と並走し舞台に立ち続ける二人に話を聞いた。
「今回は『歌いたい!』という思いから始まりました」(太田)
――今回の漫才は平成から令和に変わる節目ということで、いつもとは違う特別な思いはありましたか。
田中平成最後の収録ということも当然ありましたし、世の中的にも何かにつけて騒いでましたから。今までに経験してなかったことですから、昭和の終わりとは違うムードは確かにありましたね。考えてみれば我々も平成が丸ごと活動期間ということもあり、自ずとそういう気持ちにはなりました。
――太田さんも同じ気持ちですか?
太田 確か平城京のときは次の元号がわかってたから……。
田中 いつの話してんだよ! いいよ、1000年以上も前のことは。
太田 藤原京から変わって……。
田中 (無視して)もちろん歴史的には今までもあったことなんだけど、昔の人はどうやって元号が変わったことを知ってたんだろうね。
太田 たぶん噂で聞くんだろうな。
田中 ひょっとすると庶民のなかには元号が変わったことを知らない人もいたかもしれないよね。
――漫才を拝見すると、心なしか太田さんが歌う場面が多かったような気がします。
太田 そうですね……今回は僕もやっぱり「歌いたい!」という思いから始まったところはあります。
田中 始まってねえよ! たまたまそうなっただけだろ。DVDではカットされてるけど、実際にはもっと歌ってましたからね。
太田 権利関係がやっぱり厳しくてね。『ボヘミアン・ラプソディ』とか。クイーンがうるさくてうるさくて。
田中 クイーン自体はうるさくはないだろ!
――時事ネタを漫才にするにあたって、時代の変化を感じることはありますか?
太田 確かに、このDVDを撮り終えた後も大きなニュースが立て続けにあったしね。
田中 ただ、そうはいっても、やっぱり波があるんですよ。2015年末から16年にかけて「文春砲」が猛威を振るったときなんかは、ベッキー、SMAP解散、宮崎謙介議員の不倫と、我々もネタで「1000本ノックかよ!」ってツッコんだくらい一気にニュースが起きたこともあったし。
太田 「文春も考えろ!」ってね。
田中 だからこれはもう波がある、としか言いようがないですよね。例えがあまり良くないけど、著名人が亡くなると続くことってあるじゃないですか。あの現象と似ているかもしれない。
太田 俺らの漫才は出した途端どんどん古くなっちゃうから、こういうDVDが出るタイミングではあんまり(ニュースが)ないほうがいいって思っちゃう。毎回、収録してすぐ出せるギリギリのスケジュールでやってるんだけど、何年やってもこのタイムラグだけはどうしようもないんですよね。
――漫才のネタづくりについては変化はありましたか。
田中 ネタのつくり方そのものは変わってないんですけど、その過程は大きく変わりましたね。昔は僕が新聞からネタになりそうなものを拾って、一つ一つ手で書いたものを見ながらつくってたけど、今はもうそんなことしてませんから。
太田 田中は確実に楽になったよな。何もやらなくなった。
田中 何もやらなくはないだろ! でも、本当にそこは楽になりましたよ。昔は数字や日付、人物の名前なんか確認するのが大変でしたから。
太田 古い雑誌をわざわざ持ち出して調べてたよな。
田中 そうそう。
太田 でも、今はツッコミも(事実確認と)同じようなテンションで見られちゃうから、迂闊に間違えられないよね。より正確な情報じゃないといけない。
田中 そこはなるべく気をつけるようにしています。
「漫才はいまだに楽しめていません。必ず緊張します」(田中)
――先日取材したさまぁ~ずのお二人は『さまぁ~ず×さまぁ~ず』で舞台に立つことが生活の一部になっている、と言ってましたが、爆笑問題にとってはいかがですか。
田中 僕らにとってはラジオがそれにあたると思いますね。ラジオは本当に大事だと思っていて、フリートークがメインなんですけど、より素の感じで話ができる、というのはあります。
太田 俺の場合は『太田上田』(※太田とくりぃむしちゅー・上田晋也の二人によるトークバラエティ。中京テレビにて放送中)かな。
田中 ラジオは単純に「楽しい」んですよ。漫才はいまだに楽しめていませんから。やるときはまず緊張するし。
――芸歴30年でもそうなんですか。
太田 ネタおろしだからね。ウケるかウケないか、まったくわからないし。
田中 初めて人前でやるので、ネタが飛ばないか、順番間違えないか、噛まないかっていう不安要素がいっぱいあるんですよ。これが同じネタを何回もやって、という漫才のスタイルだとそうじゃなくなってくるんだけど、僕ら毎回やっては捨てて、やっては捨ててだから。
太田 昔、西川きよし師匠と話したとき、「やっぱ漫才が一番楽しかったんですわ」「今でも漫才やれるもんならやりたい」っておっしゃっていて。やすきよの漫才見てると、確かに楽しんでやってるんだよね。もちろん二人が天才というのもあるけど、同じネタを何度もやりながらアドリブで生まれたものを足していく、それぐらい安心してやるネタを持っていた。
――なるほど。
太田 俺らはそこまでいく前に一回で終わっちゃうから。あの頃のやすきよの漫才って、1年2年、やるたびに新鮮な気持ちになれるというか、客が「見たことあるけど今回はこうきたか」みたいなとこまで達しているよね。
田中 そこはもう落語と同じだよね。吉本の若手も劇場で毎日同じネタを何百回やってるわけで、ミキと話したりすると、彼らはそっち系なんですよ。同じネタを飽きるほどやるうちに変わっていくのが楽しい、って言ってましたよ。
太田 でも、闇営業やってるかもしれないじゃない。
田中 やってないだろ! そういうタイプじゃないし。
――お二人は、コンビとして30年以上続けられて、年齢も50代を迎えています。今後、70代、80代になっても舞台に立ちたいと思いますか?
田中 まぁ、理想は漫才でもラジオでもコントでもゲラゲラ笑いながらやれて、客も笑ってくれていたら最高ですよね。
太田 老人ホームでな。
田中 老人ホームじゃなくてもいいけど! でも「おじいちゃん」って楽しいじゃないですか。いとし・こいし師匠しかり、Wけんじ師匠しかり、人生幸朗師匠しかり。そういう領域に行くのは相当大変だけど、なれたらいいなとは思いますよ。
太田 俺らも若い頃は「この若造が偉そうに」ってよく言われたけど、政治や事件をネタにする漫才が定着して、わりと「爆笑問題ならしょうがねえか」と許容されてきてはいると思う。それが歳を増せば増すほど許してもらえるようになれば、もっと楽に漫才ができるかも。意外と「老害だ」「早く引退しろ」って言われるかもしれないけど。
田中 世の中はそれを許容しない方向に向かっているから、そっちの意見も増えるもの容易に予想されるけどね(笑)。