都市部で戸建て住宅を取得しようとすると、新築・中古にかかわらず、少なからず極小住宅にならざるを得ません。マンションが一般的になった以降も戸建て志向は根強く、狭小住宅は作り続けられていきました。
今や都市部でも空き家が問題になる時代です。単に一般的に必要な間取りを狭い敷地に押し込めただけの住まいは、魅力に乏しく、空き家になりがちです。
設計力の違いが決める狭小地住宅の住み心地
建築専門の雑誌では、かなりの頻度で「狭小住宅」の特集が組まれます。ニーズが多いということもありますが、建築家にとって、狭小地はまさに腕の振るいどころなのです。大豪邸の方が、やりがいがありそうに思われるかもしれませんが、実は狭小地ほど創作意欲を掻き立てられるものはありません。
住まいを設計するにあたって、「予算」「土地」「建築基準法等の法規制」「安全のための構造や仕様の制約(耐震性能・防火性能など)」「家族の要望」など、ありとあらゆる制約があります。制約というとマイナスのイメージですが、制約の中から優先順位をつけて、住まいという形にしていくのが設計です。「狭小地」もそのひとつにすぎません。
厳しい条件の中、何を大切に、何を省くか、一見不可能な命題をどう解き明かすのか、起死回生の案をひたすら模索する過程は楽しくやりがいがあります。
ポリシィーが明確で、細部まで工夫が行き届いていて、しっかり設計されている住まいは、住み心地がよく、狭くても住み手が愛着を持て、たとえ狭小地住宅であっても資産価値は低くなりません。
狭小地こそ庭は大切
東京の下町の住宅密集地をイメージしてみましょう。どの家にも、道路と建物の間のわずかのスペースに植木鉢がずらりと並んでいたりします。住宅密集地でありながらも、成熟した地域社会を感じます。どんなに狭小地であっても人間にとって、緑は大切なもののようです。
狭小地なので、庭は二の次というのでは、良質の狭小地住宅とはなりえません。狭小地であるからこそ、庭の配置は大切です。次の左図の建物は道路と建物の間のスペースがほとんどありません。しかし、たとえ幅1m程度であっても、室内の床面と同レベルのデッキ等を設置して、室内の延長として扱い、高いフェンスに常緑のつる性植物などを這わせれば、目隠しにもなり、室内に緑を取り込むことができます。ところどころにフェンスに鉢を掛ければ、様々な花やハーブを楽しめます。
緑は目線の位置に配置することが重要で、スペースがなくても縦に配置するなど、いろいろ方法はあります。右図はあまり枝の広がらない木を楽しむケースです。狭小地住宅はリビングを2階のメリットがありますので、2階の目線に豊かな緑を楽しめます。
少ないスペースを生かすには、「立体で考える」「緑をどこかに集中させる」「居心地の良い木陰を作る」「ツタなどで上へ伸ばす」「藤棚等、空を活用する」「屋上を利用する」「デッキや塀など建物と組み合わせる」「緑を目の高さに持ってくる」など、いろいろあり、狭くても豊かな庭を造ることは可能なのです。
狭小住宅を選ぶ基準と注意点
狭小地住宅を選択するということは、住み手のエネルギーも多く必要とします。将来のライフスタイルをしっかり自分自身で把握してないと、ただ狭いだけに終わってしまう可能性もあります。住み手の意識が問われるのです。狭小地を選択する場合の注意点やメリットやデメリット、注意点などをまとめてみましょう。
単に狭いだけの住まいは避けること……単に狭いだけの住まいは当面は良くても、家族構成の変化などによって住みづらくなりがちです。また、売却や賃貸などに対する資産価値は「狭い」というネガティブな評価になります。
コンセプトが明確な住まいであること……単に狭いだけの住まいではなく、きちんと所定のコンセプトのもとに設計された建物であるかどうかのチェックは大切です。
ライフスタイルに見合った住まいであること……狭小地住宅で快適に暮らすには、設計にも暮らしにも様々なアレンジが必要です。そのアレンジが自分たちのライフスタイルに見合っていることが重要です。
便利な中心地に住める……都市の中心部の便利な地域でも、建物が建ちにくい狭小地や変形地は、格安価格で手に入る場合もあります。以前は通勤時間が片道1時間半以上ということも珍しくありませんでしたが、往復1日3時間の通勤時間、年間約800時間の損失が許されるほど、これからの時代は甘くありません。職場の近くや、親の住まいの近く、高級住宅地の環境重視など、通常価格が高くて買えない地域でも、建物を設計する難易度の高い狭小地なら土地を購入できる可能性があります。
戸建に住むメリット……マンション住まいと比較して戸建住宅は「間取りは自分で考えられる」「土地付の資産的価値がある」「管理費等が不要」「思い通りに建て替えられる」などがあります。
狭小地をただの狭い住宅となるか、それと一線を画した住み手の価値観を見事に表現した住まいになるかは、設計者の技量だけでなく、住み手のこだわりの高さや質にもよります。将来の生活設計を明確にし、価値観を研ぎ澄まし、狭小住宅を面白がって楽しむ位の遊び心も大切だと思います。
ネットを検索しているとき、偶然アメリカの極小居住スペースの工夫について書かれたサイトに出会いました。なんでも広いイメージのあるアメリカですが、ニューヨークのマンハッタンの居住環境は日本以上に厳しいもののようです。キッチンもない日本の1Rアパートより遥かに狭いアパートの一室が紹介されていました。ベッドも置けないので、トイレの上の小屋裏的スペースが寝床になっていて、実に驚きの暮らしです。
興味をもっていろいろ検索してみると、狭いスペースを多機能に暮らす装置や家具は、欧米のサイトには実にいろいろあるようです。単に狭さを余儀なくされているケースだけでなく、十分広さのある敷地に、あえてトレーラーハウス的な小屋を建てて住んだりするパターンも多いと知りました。狭さゆえの価値を見出しているのだと思います。
狭小住宅を考えている方はぜひネットで検索してみてください。大いに参考になると思います。
■著者プロフィール: 佐藤章子
一級建築士・ファイナンシャルプランナー(CFP(R)・一級FP技能士)。建設会社や住宅メーカーで設計・商品開発・不動産活用などに従事。2001年に住まいと暮らしのコンサルタント事務所を開業。技術面・経済面双方から住まいづくりをアドバイス。