現代のビジネスにおいて欠かせないスキルといえば、パソコン。中でもキーボードを入力するタッチタイピングは、パソコン操作において最も基本でありながら、仕事の生産性を大きく左右する重要なスキルです。
ここで質問です。皆さんはタッチタイピングの正しい型を、学んだ経験はありますか? 読者の方にお聞きしました。
タッチタイピングが出来るという方が約半数、またその内半数が我流で会得されています。
そこで今回は、毎日パソコン入力コンクールで6年連続優勝を果たすなど、タイピング界のゴッドハンドとも呼ばれる、タイピングの達人・隅野貴裕さんに効率的なタッチタイピングの学び方を教わりました。
タッチタイピングで生産性を上げる
タッチタイピングとは「キーボードを見ずにパソコンの文字入力をすること」を指します。タッチタイピングができると、脳は考えることに集中ができ、思考が中断されず、仕事の生産性も上がります。
また、画面とキーボード間の視点の移動が少なくなり、必要以上に首を動かさなくて済むため、疲れにくくなるというメリットもあるので、しっかりと身に付けておきたい技術です。
隅野さん:タッチタイピングは、脳科学の分野では手続き記憶に分類されるものです。非陳述記憶とも呼ばれ、思考を介することなく繰り返し行うことで体得していく記憶です。これは自転車の乗り方と似たようなもので、身体で感覚的に覚えるスキルです。
隅野さん:自転車に補助輪を付けた状態では、どんなに長く乗っていても、補助輪なしで乗れるようにはなりませんよね。タイピングも同じで、ずっと下を(キーボードを)見て打っていると、絶対に見ないで打てるようにはなりません。
タッチタイピングとは、キーと指との距離を身体で覚え込ませる、空間認識能力のようなものといえるそうです。
我流の目安は6本
一方、タッチタイピングはある程度できるものの、我流で行っているゆえに、小指を使っていなかったり、2本指、3本指しか使っていなかったりする方も少なくないでしょう。では、こうした我流タッチタイピングの方も矯正するべきなのでしょうか。
隅野さん:我流とはいえ、問題のないものもあります。指を4~5本しか使っていないという方でも、数字や記号を含めた全体をしっかりとタッチタイピング(見ないで入力)することができ、誤入力が少ないのであれば、無理に矯正する必要はありません。目安として挙げならば、6本指ぐらいでしょうか。小指は人によって使いづらいという方もいらっしゃいます。人差し指・中指・薬指がしっかりと使えていれば、小指は無理に使わなくても大丈夫です。一方で、人差し指しか使っていない、という方には是非ともこれからお話しするホームポジションを習得頂きたいです。
矯正する必要を見極める基準は6本の指でした。それでは、5本以下の方はどう練習すれば良いのでしょう。
ホームポジションを学ぶ
隅野さん:手続き記憶の一種であるタッチタイピングの習得方法は、とにかく実際にキーボードを打つ練習を繰り返すこと。自転車や水泳と同じで、身体を動かさなければ習得できません。これまで我流でやっていた方にとっては、最初のうちは入力スピードが落ちてしまうこともあると思います。でもすぐにスピードは戻り、その後はどんどん速くなりますよ。「絶対にキーボードを見ない」ということをしっかり守って練習すれば、2週間もすればタッチタイピングを習得できます。
タッチタイピングで最初に習得しなければならないのはホームポジションです。ホームポジションというのは、タッチタイピングにおいて基点となる指の置き方。左手の人差し指を「F」に、右手の人差し指を「J」に置き、そのまま中指以降を横のキーに置いていきます。この状態が「ホームポジション」です。ここから上下左右に指を動かしてキーを打っていきます。
隅野さん:タッチタイピングにおいてホームポジションが大切な理由は、それぞれの指にかかる負担が小さくなることです。2本の指でタイピングをするのに比べて、全部の指を駆使すれば1本ずつの指が担当するキーが少なくて済みますよね。このため、指を動かすパターンも少なくなり、指を大きく動かす必要もなくなるため、誤入力も減ります。
キーの位置を身体に覚えさせるために、ここでも決してキーボードを見ないことが大事だそうです。どうしてもキーの位置を忘れてしまったときには、打っているキーボードではなく、キーボードの絵や写真などを横に置いておき、それを見るという方法も有効だそう。
我流にありがちなクセ
長らく我流でタイピングを行っていた人でありがちなのは、矯正中についつい元の打ち方に戻ってしまうことだと隅野さんは指摘します。
隅野さん:使い慣れていない薬指や小指がうまく使えず、ついキーボードを見てしまったり、以前使っていた人差し指や中指で打ってしまったり、という方が多いです。しかし、ここで楽な方向に流れてしまうと、タッチタイピングは決して身に付きません。
また、日本語の文章に比べて打つ頻度が少ない数字や記号が出てくると、そこだけはキーボードを見て打ってしまう、という人も多いですね。これは当然のことで、打つ機会が少ないのでその分身体で覚えるのに時間が掛かってしまうのです。
こうした場合には、数字や記号だけを集中的に練習するという時間を作ることが有効だそうです。打つ機会を増やすことで、あっという間に習得できるそう。
アンカーを使う
隅野さん:キーボードの右上に集中している記号群を入力するときに、手が小さかったり、指が短かったりして、手全体を一度ホームポジションから離さないと打てない、という人もよくいます。こういう時のコツは、全ての指を移動してしまうのではなく、どれか1本の指でも良いのでホームポジションに残しておくこと。これを私は目印となる「アンカー(アンカーキー)」と呼んでいます。人差し指や中指だけでなく、キーボードの枠やスペースキーに置いている親指をアンカーとして使っても良いです。
隅野さん:また、ホームポジションに手を置いた際、腕の角度がキーボードに正対している人も多いです。脇が締まっている状態ですね。この形から遠くの記号のキーに小指を伸ばすのは非常に難しいです。小指は他の指に比べて短いですから、腕を少し開き気味にすることで、遠くのキーを打ちやすくなります。また、指はピンと伸ばしてホームポジションに置くのではなく、手のひらに卵を抱えるような形をイメージしてください。ピアノを弾く時の指や、猫の手のようなイメージです。
今回ご紹介したホームポジションは、タッチタイピングを効率的に習得する為にはとてもよい「型(フォーム)」です。しかし、速く打つことを目的とした型ではありません。速さを目的として練習するには、あえて型を破ったほうが良いこともあります。次回は、タッチタイピングを速くするための型破りな方法をご紹介します。
プロフィール : 隅野 貴裕氏
全日本タイピスト連合 代表
毎日パソコン入力コンクール 技術顧問
学生時代よりタッチタイピングの面白さと奥深さに興味を持ち、毎日新聞社主催のタイピング全国大会にて6年連続優勝。内閣総理大臣賞、総務大臣賞、東京都知事賞など多くの賞を受賞し、その後同大会の技術顧問を務める。 2003年に全日本タイピスト連合を設立し、タッチタイピング技術の普及・深化・底上げと目的として、文字入力の技術研鑽や学校等団体へのタイピング技術指導や講演も行う。