一般のビジネスパーソンだけでなく、わたしのようなフリーランスのライターや編集者にとっても、プレゼンは大事な仕事。最近はクライアントに対する説明機会が多くなり、それなりに慣れましたが、会社員時代はとにかく苦手でした。

ただ物事を伝えるだけなら簡単ですが、それではただの「スピーチ」。プレゼンの目的とは、決定権を持つ人に提案の承認をもらい、プロジェクトの実行をもらうこと。ふと先日仕事で知り合った、プレゼン・コンサルタントの永井千佳さんの言葉を思い出しました。

「人は、話し手の生き様や哲学などが反映された物語に共感して自分事として、行動が変わります。なぜなら人は感情で動くからです。例えば、米大統領選挙でヒラリー候補が敗れたのは『情』が伝わらなかったから」(永井さん)

お化け屋敷で物語力を学ぶ

でも、物語力なんてどうやって身につければいいの? と悩んでいたら、あるチラシが目に飛び込んできました……。

お化け屋敷「怨霊座敷」夏の特別演出 『超・怨霊座敷』?

「お化け屋敷プロデューサー・五味弘文氏が、お化け屋敷にストーリーを持ち込み、お客様に役割を担わせることでそのストーリーに参加させるスタイル」と書いてある。

  • チラシが全ての始まり

これはイイ! メッセージや想いを伝えるのがプレゼンだとすると、恐怖を伝えるお化け屋敷もプレゼンの一つ。お化け屋敷なんて、子どものとき以来だし、ちょっと楽しそう。『超・怨霊座敷』で、以前のお化け屋敷と何が違うのかを体験することで、物語力の重要性を学んできたいと思います。

お化け屋敷は物語性が大事

ということで、東京ドームシティにやってきました。この春に「怨霊座敷」としてオープンしたお化け屋敷が、ただでさえ怖いのに、夏限定で恐怖演出がパワーアップしているとのこと。プロデュースを手掛けているのは、「お化け屋敷プロデューサー」の五味弘文氏。

従来のお化け屋敷の概念を覆し、物語性を取り入れた演出で、数々のお化け屋敷を人気アトラクションに押し上げた実績を持つ人物です。人気のポイントはやはり物語性。ここにプレゼンを成功に導くヒントがありそう。多くの人の興味をひきつけてやまないそのメソッドを習得して次のプレゼンに応用したいものです。

実はわたし、お化け屋敷でUターンしたこともあるビビリ。でも、「修行、修行……」と、自分で自分に言い聞かせて『超 怨霊座敷』を体験してきました。

  • 序盤のアル仕掛けが後々効果を出す

ネタバレしない程度に簡単に流れを書くと、「婚約者の女をあるきっかけで疎むようになった男が、浮気の果てに女を死に追いやってしまう。以来怪奇現象が絶えない家で、女の怨念を払うために『あるミッション』が課せられる」というもの。実はこのミッションが曲者。こいつのため、わたしは文字通り恐怖の体験をすることに……。

  • 物語の重要な要素となる蛾

まず斬新なのは、靴を脱いで入っていくこと。細かいディテールまで再現された家の中を素足で歩く……。無防備になった足裏に伝わる感触が恐怖感を倍増させます。歩きながら、練り上げられたストーリーを体感していくうちに、斬新で精巧な仕掛けによって自分がストーリーの“中の人”になっているのです。

いつの間にか恐怖の出来事の渦中に引きずり込まれ、自分中心に物語が展開していく……! 後半になると、我を忘れて恐怖の世界にどっぷり没入。絶叫しつつ、なんとかミッションを達成しました。

  • 恐怖の物語が展開する

靴を履いて外へ出ると、すっかり冷や汗の気化熱で涼しくなったわたし。壮絶な恐怖・絶叫体験で声はガラガラです。ある種の達成感と謎の爽快感に浸りながら、プロデューサーの五味さんにお話をうかがいました。

物語を共有させる仕掛け

五味さん:従来のお化け屋敷は、「展示型」。決められた通路を進んで各部屋の仕掛け、暗い家の中で髪の長い女がたたずんでいるだけ。視覚と聴覚で驚かすステレオタイプな手法から脱却して、「通路をなくす」「物語仕立てにする」「参加者にミッションを与える」というアップデートを行いました。さらに今回は、靴を脱ぐことで「触覚」に対する演出ができます。物語という前触れがあるからこそ、こうした演出が生きてくるんです。出てくるお化けが物語を背負っていると、恐怖が増幅していくでしょう?

なるほど、そうやってより深く物語の世界観に参加者が関与していくことを重要視したんですね。

  • 事前配布されている、週刊誌風に作られたチラシ

そして、このチラシは、物語に引き込むためのツールだったのですね。お化け屋敷体験後に、週●文春風に記された物語の効力がわかった! 確かに、お客さんはお金を払って怖さを期待してきているわけです。

いつの間にか自分が当事者になって、恐怖体験が自分事になり、より強いリアリティーで迫ってくるなんて、予想以上・お値段以上の恐怖=つまり満足感を与えることができるというわけか!

  • お化け屋敷プロデューサーの五味弘文氏

五味さん:とはいえ、お客さんは自分が怖くないように進みたいから主導権を持っていたい。最初は「このインテリア、凝ってるね」など、周りを観察する余裕もあります。でも、自分が怖くないようにと思って進んだところ本当に怖くないと、出た後につまらないと言われてしまう。だから、前半に一つあっと言わせる演出でこちらとお客様との間に信頼関係を作る作業が必要なのです。それは、イコール「主導権をこちらにもらう」ということ。

これは、プレゼン・コンサルタントの永井さんが言っていることの実践そのものではないですか。

物語の情報量は多いほど怖さは増すが、情報量が多いと受け入れてくれない。簡潔にわかりやすいのが大事! 人にしゃべりたくなるような情報として提供しなければならない。

伝えたいことを事実としてスピーチするのではなく、「物語」として伝えることでより強い印象を与えることができると言えます。これはまさにビジネスの場におけるプレゼンにも通じることでした。

最後に、永井さんによるプレゼン上達のポイントも紹介します。

1:コンテンツに強弱のメリハリを利かせることで、人は感情が揺さぶられ、伝わりやすくなります。テーマが「(ビジネスで)生き残れるか否か」のような「危機感」まで迫れば、メリハリは目一杯効いてきます。
2:感覚に訴えるためには、細やかなディテールを伝えることも重要です。生々しくメッセージが伝わり、必ず覚えて帰ってもらえます。
3:人の集中力は長くは続きません。プレゼンの早い段階で納得感のあるコンテンツを伝えることで、集中力を切らさずに最後まで聞いてもらえます。
4:冒頭で、「あ、これある!」という「アルアル法式」や、単刀直入にテーマに入る方法も有効です。