悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。

■今回のお悩み
「30歳を前に転職したほうがいいのかどうか悩んでいます」(29歳男性/営業関連)


たしかに20代後半は、「これからの仕事」について思い悩む時期ですよね。かつての私にも似たような経験があるのですが、29歳といえば、仕事も覚え、部下を持つようにもなり、相応の自信がついてくる時期です。

しかし、それでもなかなか満足することはできないもの。むしろ、ある程度前に進むことができた状態であるからこそ、「このまま、同じペースで進んでいいのだろうか?」「どこか別の道があるのではないか?」など、いろいろな思いが頭をよぎってしまうわけです。

ということで今回は、転職について悩んでいる方の手助けになりそうな本をご紹介したいと思います。

「転職」とはなにか

ただし、本の選び方にはちょっとヒネリを加えてみました。「転職すべきだろうか……?」と悩んでいる人に対し,「そうですよ! そうですよ! いますぐ転職しちゃいましょう!」と煽るだけではあまりにも無責任。

そのため、転職をさまざまな角度から客観的に捉えることができるように、タイプの異なる3冊をチョイスしてみたのです。

まずは、「転職とはなにか」ということを真正面からきちんと把握するためにぜひとも読んでおきたい一冊から。その名も『これだけは知っておきたい「転職」の基本と常識 改訂新版』(箱田忠昭著、フォレスト出版)です。

  • 『これだけは知っておきたい「転職」の基本と常識 改訂新版』(箱田忠昭著、フォレスト出版)

著者は年間300回以上のセミナーをこなしているインストラクターですが、転職についてもなかなかの実績を持っているようです。

なにしろ27歳で営業課長に、29歳で広報部マネージャーに、33歳でマーケティング部長に、そして38歳で外資系会社社長に就任し、年収3,000万円を達成したというのですから。

しかも特筆すべきは、これらの実績をすべて「転職によって達成した」ということ。そのため「転職の名人」と自負しているそうですが、実のところ、転職をうまくするには「コツ」があるのだとか。そのコツを知っているのと知らないのとでは、天地の差があるというのです。

「絶対に転職したい」と考えていたのだとしても、「なんとなくしたい」という程度だったとしても、重要なのは「成功する転職」を勝ち取ることなのだといいます。著者がそうであったように、キャリア形成を成し遂げるものでなければ、その転職には意味がないということなのかもしれません。

そこで本書は、まず第I部「本当に転職すべきか」を判断するためのチェックリストで自分自身を見つめなおすところからスタート。次に現在の会社で取るべき行動や、退職までのスケジュールが解説され、次にお金の知識についての説明がなされます。実のところ、お金のことを考えておくのは、とても大切なことだと思うので、ここは大きなポイントでしょう。

さらに第II部では、求人情報の見つけ方や応募の仕方、転職サイトの使い方、履歴書・職務経歴書の書き方、面接のマナーや好印象を与えるテクニック、内定通知への対応から、新しい会社に入社するまでにやるべきことがまとめられているのです。

つまり、「転職したい」という思いが芽生えたところから転職を実現させるまでに必要なノウハウが、わかりやすくまとめられているということ。転職のプロセスを効率よく進めたい方には、ピッタリの内容だと言えそうです。

世の中から見た自分の価値を知る

一方、一味違ったユニークな考え方を提案しているのが、『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ"これから"の仕事と転職のルール』(尾原和啓著、ダイヤモンド社)です。

  • 『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ"これから"の仕事と転職のルール』(尾原和啓著、ダイヤモンド社)

著者は大学院で人工知能の研究に没頭したあと、コンサルティングファームのマッキンゼー・アンド・カンパニー、リクルート、グーグル、楽天など、実に12回の転職を繰り返してきたという人物。

いくら終身雇用が過去のものとなった時代だとはいえ、ちょっと転職しすぎなのではないかという気がしなくもありません。が、かつて在籍していたほとんどの職場と現在でも関係が続いており、ちょっとしたことでも相談し合える仲であること、それが著者の誇りなのだそうです。つまり、それぞれの職場にきちんと実績を残しているのです。

だからこそタイトルには、「どんな職場で働いたとしても、周囲から評価される人材になる」ということ、そして「世界中のどこでも、好きな場所にいながら、気の合う人と巡り合って働ける」という2つの意味が込められているのだそうです。

特に印象的なのは、転職についての独自の考え方。なにしろ、いまでも毎年転職活動をしているというのですから。正確には、転職するかどうかにかかわらず、ずっと転職サイトに登録し、外から見た自分の評価を更新し続けているということ。

就職活動後に新卒入社し、そのままずっと同じ会社で働き続けていると、会社内での自分のポジションはわかっても、世の中から見た自分の評価は、就職活動をしていたときのまま更新されません。そこで、少なくとも数年ごとに転職活動をしてみて、自分の価値を客観的に知っておく。そのことにこそ意味があるという考え方なのです。

世の中から見た自分の価値を知るには、労働市場に身を置いてみるのがいちばんだということ。そして「いつでも辞められる」状態にいれば、常に最高のパフォーマンスを発揮することが可能。つまりはすべてが噛み合って、ベストな転職までの道のりを歩むことができるということなのでしょう。

仕事とはなにか見つめなおす

さて、最後は毛色の変わった一冊をご紹介したいと思います。『一瞬で心を磨くブッダの教え(ブッダの教え3)』(アルボムッレ・スマナサーラ著、サンガ)がそれ。

版元のサンガは仏教系の書籍を扱っている出版社ですが、一般の人が気楽に読める良書を送り出しているところが最大の特徴。私自身、まったくの無宗教なのですが、ブッダの教えをわかりやすく解説した本書も抵抗なく読むことができました。

なかでも転職を考えている人にぜひ読んでいただきたいのが、第3章「社会で成功するために」中の「仕事」の項目。

いうまでもなく、仏教的な観点に基づき、「仕事に関して心得ておくべきこと」が書かれている章。しかもそのなかには、「目を閉じてでもできることが天職」「適性は業が決める」「正確に合う仕事を選ぶ」「悪い環境なら離れるべき」などなど、天職に関係するトピックスも多数収録されているのです。

もちろんそれ以前に、「仕事とはなにか」という根源的な部分を見つめなおすためにも最適。一項目が1ページもしくは1/2ページでまとめられているので、ちょっと時間が空いたとき、必要な項目だけを読むことも可能です。


転職しようかどうしようかと思い悩んでいる時期は、とかく視野が狭くなってしまいがち。しかし、そのままの状態でいると、どんどん追い詰められてしまうだけです。そこで、いっそ肩の力を抜いて、これらの書籍に目を通してみてはいかがでしょう? もしかしたら、3冊のうちのどこかから、将来に向けたヒントを見つけ出すことができるかもしれません。

著者プロフィール: 印南敦史(いんなみ・あつし)

作家、書評家、フリーランスライター、編集者。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家としても月間50本以上の書評を執筆中。『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)ほか著書多数。