開催中のワールドカップ・ロシア大会で、2大会ぶり3度目のグループリーグ突破を果たした西野ジャパンが日本時間3日午前3時、ロストフ・アリーナでFIFAランク3位の優勝候補、ベルギー代表との決勝トーナメント1回戦に臨む。過去の決勝トーナメント2試合、計210分間で無得点が続く日本代表のなかで、クローズアップされるのがFW大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)だ。コロンビア代表との大会初戦で決勝弾を決め、枕詞「大迫半端ないって」を一躍流行語に昇華させた28歳のストライカーが、日本サッカー界の歴史を変え、まだ見ぬベスト8へと通じる扉を開けるゴールを狙う。

  • 大迫勇也

    大迫勇也

決勝トーナメントで日本がまた決めていないゴール

閉ざされたままの歴史の扉を開けるときが来た。西野朗監督に率いられる日本代表が挑む、2大会ぶり3度目となるワールドカップの決勝トーナメントの舞台。ともに1回戦で敗れ去った過去の2大会で、実は日本はゴールを決めていない。

2度目の挑戦にして初めてグループリーグを突破したのは、韓国との共同開催となった2002年大会。ベルギー代表と引き分け、ロシア、チュニジア両代表に連勝した日本は、ファンやサポーターの大声援に後押しされながら、グループHの1位として決勝トーナメントの舞台に立った。

迎えた6月18日。トルコ代表と対峙した1回戦で、フィリップ・トルシエ監督は前線の形をガラリと変えた。結果を出していた2トップの鈴木隆行と柳沢敦にトップ下・中田英寿ではなく、1トップの西澤明訓の背後に中田、三都主アレサンドロを並べた急造布陣は当然ながら機能しない。

後半のキックオフとともに三都主に代えて鈴木を投入するも、一度トルコに傾いた流れを引き戻すことはできなかった。前半12分にコーナーキックから奪われたゴールを最後まで挽回できないまま、大粒の雨が降り続ける宮城スタジアムのピッチで冒険を終えた。

2度目の挑戦は2010年の南アフリカ大会。岡田武史監督に率いられた日本は、連戦連敗を続けていた開幕前の低空飛行から鮮やかに回復。キーマンは精彩を欠いていた中村俊輔に代わって大黒柱に指名され、本職ではない1トップに抜擢された本田圭佑だった。

カメルーン代表とのグループE初戦で値千金の決勝ゴールをマーク。自信を失いかけていた日本に勢いを与えると、決勝トーナメント進出がかかったデンマーク代表との最終戦でも先制弾となる鮮やかな直接フリーキックを一閃。遠藤保仁、岡崎慎司があげた追加点への呼び水となった。

しかし、3試合をまったく同じ先発メンバーで戦ってきた日本には、もはやパラグアイ代表との1回戦を戦う余力はほとんど残っていなかった。延長戦を含めた計120分間で最後まで相手ゴールをこじ開けることができず、突入したPK戦の末に苦杯をなめさせられた。

開催中のロシア大会を含めて、日本は6大会のグループリーグ計18試合で18ゴールを決めている。しかし、決勝トーナメントに舞台を移せば2試合、210分間にわたって無得点が続いている。ベスト8以降へ通じる扉を初めて開けるためにも、ゴールネットを揺らす男が必要になってくる。

「半端ない」ストライカーになりたいと念じた日々

相手ゴールに最も近い場所にいる選手が、ゴールを決める確率も高くなる。明快な理論に則れば、1トップとして先発に復帰することが確実な大迫勇也に大きな期待がかかってくる。開幕前の下馬評が芳しくなかった西野ジャパンを勝利に導き、波に乗せたのは大迫だった。

前回ブラジル大会のグループリーグ最終戦で1‐4の大敗を喫した、因縁のコロンビア代表とサランスクのモルドヴィア・アリーナで対峙した日本時間6月19日のグループH初戦。1‐1で迎えた後半28分に決勝点となるヘディング弾を決めた大迫は、一躍その名をとどろかせた。

世界中を驚かせる大金星ともに、一気にホットワードと化した大迫の枕詞もあった。生中継されていたテレビ画面に何度も映り込んだ、スタンドに躍るゲーフラに記された「大迫半端ないって」は生み出されてから9年もの歳月を超えて、今年の流行語大賞候補にあがるフィーバーを招いた。

起源は大迫を擁する鹿児島城西(鹿児島県)が準優勝した、2008年度の第87回全国高校サッカー選手権大会にさかのぼる。準々決勝で2‐6の大敗を喫した滝川二(兵庫県)のキャプテン、中西隆裕さんが号泣しながら「大迫、半端ないって! あいつ、半端ないって!」と叫んだ映像にある。

これが動画投稿サイトにアップされたところ、サッカーファンの間で話題を呼び、卒業後に鹿島アントラーズ入りした大迫の枕詞になった。しかし、ロシアの地で演じた大活躍を契機に市民権を得るまでの間、大迫はまさに「半端ない」フォワードとなるために試行錯誤を繰り返してきた。

「ゴール前でもっと迫力を出すことが、僕自身の課題だとずっと思っている。普通にプレーしていたら出せないものなので、もっともっと意識しながら、自然と迫力を出せるようにしないといけない」

アントラーズから2014年1月へブンデスリーガ2部の1860ミュンヘンへ移籍。同7月からは同1部のケルンへ活躍の舞台を移してきたなかで、大迫は自身の課題をこうとらえていた。19ゴールをあげたアントラーズ時代の2013シーズンを除けば、一度も2桁ゴールをマークしていなかったからだ。

代表メンバーに選出され、グループリーグの2試合で先発した前回ブラジル大会も無得点だった。ハリルジャパンでも2015年6月から、約1年5カ月ものブランクが生じている。誰よりも大迫自身がゴールの匂いをまき散らす、対戦相手に脅威を与えられるストライカーになりたいと念じていた。

献身的なポストプレーにエゴイズムを融合した先に

求められるもうひとつの仕事、ポストプレーに関してはほぼ完璧なレベルで演じてきた。相手を背負いながらボールを収め、重圧を受け流しながらキープし、巧みに味方を生かす。前出の中西さんが映像の続きで叫んでいる言葉が、高校時代から万能フォワードだったことを物語る。

「後ろ向きのボール、めっちゃトラップするもん。そんなんできひんやん、普通」

後ろ向きのボールとは、後方からの浮き球のパスのこと。巧みに収めたボールをすぐに自分の間合いに置き、さまざまなフェイントを駆使して相手を幻惑するターンを、ブンデスリーガの屈強な大男たちにも見舞いながら上手さに力強さを融合させてきた。

182cm、71kgとやや華奢に映る大迫の体に搭載され、ドイツの地で研ぎ澄まされてきた武器は、コロンビア戦の開始3分に発動されている。香川真司(ボルシア・ドルトムント)が放った縦パスに反応し、相手の最終ラインの裏へ飛び出したシーンだ。

追走するのはダビンソン・サンチェス。プレミアリーグのトッテナム・ホットスパーで活躍する187cm、81kgの大型センターバックがかけてくる重圧を巧みに吸収し、前への推進力に変えながら体を巧みに反転。最後は左足を振り抜いた。

これは守護神ダビド・オスピナ(アーセナル)に防がれたが、フォローしてきた香川がこぼれ球に左足を一閃。カバーに入ったMFカルロス・サンチェス(エスパニョール)が伸ばした右腕で弾き返した直後に、PKとハンドによる一発退場が宣告された。

「ボールを収めることはできている。あとは相手ゴール前へ入っていく回数も、相手ゴール前でボールを受ける回数も、もっともっと増やしていかないと。相手ゴール前へ入っていくことで何かを起こせるはずだし、相手の脅威にもなるので」

ハリルジャパン時代にこう語ったこともある大迫は、2度目の大舞台で目標に掲げていたプレーを実践して日本をけん引した。もっとも、ストライカーはエゴイストたれ、という指摘には苦笑いしながら首を傾げたこともある。

「フォワードはゴールと勝利の両方とも、でしょう。まずは勝利。チームのピースになれるように」

味方を生かすことで体力を削られても、歯を食いしばって相手ゴール前へ侵入していく。献身的なプレーに覆い隠されているエゴイズムをむき出しにした大迫が、ベルギーが誇る199cm、91kgの絶対的守護神、ティボー・クルトワ(チェルシー)の城壁に風穴を開けたとき、日本サッカー界の歴史にまたひとつ新たなページが刻まれる。

■筆者プロフィール
藤江直人(ふじえ なおと)
日本代表やJリーグなどのサッカーをメインとして、各種スポーツを鋭意取材中のフリーランスのノンフィクションライター。1964年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒。スポーツ新聞記者時代は日本リーグ時代からカバーしたサッカーをはじめ、バルセロナ、アトランタの両夏季五輪、米ニューヨーク駐在員としてMLBを中心とするアメリカスポーツを幅広く取材。スポーツ雑誌編集などを経て2007年に独立し、現在に至る。Twitterのアカウントは「@GammoGooGoo」。