「かくれキリシタン」の秘密

これはとても複雑なのですが、長い間、潜伏キリシタンとして地域の中で生活していくうちに、純粋なキリスト教信者としていることはやはり難しく、地域の神社の氏子であったり、お寺の檀家であったりという、地域の中での役割を担ってきたため、自然と仏教や神道の信仰を選んだということがあったようです。

  • 「絵踏み」はその昔、「かくれキリシタン」を発見するために使われた

    「絵踏み」はその昔、「かくれキリシタン」を発見するために使われた

また、カトリックに復帰せず禁教期の信仰をつづけることを選んだ人々は「かくれキリシタン」と呼ばれ、カトリックに復帰した人々のように教会堂を作らなかったため、彼らの集落には教会堂がありません。今回の構成資産では「平戸の聖地と集落」の中の「春日集落と安満岳」と「中江ノ島」だけが、「かくれキリシタン」の信仰を証明するものとなっていますが、平戸以外にももちろん「かくれキリシタン」の人々はいました。

――「かくれキリシタン」の方々はまだいらっしゃるのでしょうか。

「かくれキリシタン」であると公言している方はいらっしゃいますが、かなり人数が減ってきているようです。また、「かくれキリシタン」であることを公表していない方々もいるため、どれほどの人数が「かくれキリシタン」であるのか、はっきりとした数は分かりません。

登録後に勃発する観光対策

――「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の今後の課題はどんなことでしょうか。

課題はいくつかあると思いますが、最も懸念されているのが人口減少の問題です。離島では特に高齢化と人口減少が続いており、遺産を今後どのように受け継いでいくのか、その将来性が不安視されています。これは元々、潜伏キリシタンたちが隠れて暮らした場所が、人が住みにくい人が訪れにくい場所であったこととも関係しています。日本全体で地方の過疎化が問題視されている中、世界遺産登録されたからといってこの問題が劇的に改善されるわけではありません。

また、世界遺産登録されたことによって観光客が多く訪れることになると思いますが、そうした観光客の対応も人口減少している集落では難しいと思います。実際に、今後の観光客の数や質のコントロールということは、イコモスからも指摘されています。

  • 「出津教会堂」は2011年、国の重要文化財にも指定されている

    「出津教会堂」は2011年、国の重要文化財にも指定されている

一方で、各自治体や教会は「教会守(きょうかいもり)」をおいて、世界遺産長崎チャーチトラストと協力しながら観光客への対応を行っています。これは、世界遺産登録を目指す長い道のりの中で整えられていったものです。多くの世界遺産では、世界遺産登録後にようやくこうした観光客対策などを悩んでいるので、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が長い時間をかけたのも無駄ではなかったと私は思います。

みなさんも教会を訪れる時には、世界遺産長崎チャーチトラストの運営する「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンター」のHPから申し込みをしてから訪問してください。この世界遺産は、現在も信仰の場として生きている遺産ですので、観光客の側にも充分な配慮が必要です。

――最後に、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と共に世界遺産登録を目指していた「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」(鹿児島県、沖縄県)は、今後どうなるのでしょうか。

「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」は、日本から5件目の自然遺産としての登録を目指していましたが、5月のIUCNからの勧告で「今のままでは登録が難しい」とする「登録延期」勧告が出されてしまったため、政府は推薦書を取り下げました。そのまま世界遺産委員会に臨んで、世界遺産としての価値がないとする「不登録」決議が出てしまうと、同じ価値では2度と世界遺産を目指すことができなくなってしまうため、苦渋の決断でした。

IUCNの勧告の中でいくつか指摘があったのですが、特に「資産が分断されている」という点が問題視されました。沖縄島北部エリアに隣接し、「やんばるの森」の一部を成す米軍北部訓練場の返還地が含まれていなかったことが大きかったため、政府は2018年夏には返還地も国立公園に含め、再度世界遺産登録を目指すとしています。

  • 「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」は推薦書を取り下げ、最短で、2020年の世界遺産登録を目指している

    「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」は推薦書を取り下げ、2020年の世界遺産登録を目指している

最短で、2020年の世界遺産登録を目指していますので、今後は同じく2020年の登録を目指す「北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群」(北海道、青森県、秋田県、岩手県)や「金を中心とする佐渡鉱山の遺跡群」(新潟県)との争いになります。一国から推薦できる遺産は文化遺産と自然遺産を合わせて1件のみなので、厳しい争いになることは避けられません。2019年の登録に向けて既に推薦書が提出されている「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)の行方と共に注目です。

筆者プロフィール: 宮澤光

世界遺産検定を主催する世界遺産アカデミーの主任研究員。イタリアの小説や映画、音楽、サッカーに惹かれながらも留学はなぜかフランスへ。ヨーロッパから世界各地の文化へと思いを馳せる毎日。世界遺産を「学ぶ」楽しさを伝えようと、世界遺産アカデミーHPにて「研究員ブログ」を連載中。

世界遺産検定とは?

世界遺産の背景にある歴史、文化、自然等の理解を深め、学んだことを社会に還元していくことを目指した検定。有名な観光地のほとんどは世界遺産になっているため、旅の知識としても役立つと幅広い世代に人気。
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