取材を通じて生まれる言動

糸川さん: 「それがないんですよね(笑)。けっこう飛行機には乗っている方だと思いますが、実際、そんな特別な事件や出来事はあまり起こらなくて……。いつも平穏なフライトでしたよ。たまにディレイするぐらいで」

松永: 「では、糸川さんにとって記憶に残っているフライトはどんなものでしょうか」

糸川さん: 「母が辞める直前のフライトに弟と乗った時ですね。大きな飛行機だったので、母の担当するセクションに座ることはできなかったんですけど、サービスが落ち着いてから顔を見せてくれましたよ。その時に初めて、母が働いている姿をちゃんと見られた気がします。家ではシャツ姿を見ることはあったんですが、ジャケットを着てスカーフを巻いているような制服姿を家で見るのはないですから」

松永: 「それはきっと、お母さんもうれしかったでしょうね」

糸川さん: 「母的には、自分が乗っているフライトに子どもが乗るのはあまり歓迎してなかったですけどね。幼い頃から何回も、『絶対、大人しくしててね』とか、『コーヒーをもらう時は"コーヒー!"だけじゃなくて"コーヒーをください"と言いなさい、CAさんに礼儀正しく!』とか、言われていたので。大人しくしてましたよ、そのフライトも。だから、『せっかくだからギャレーで一緒に写真を撮ろう』と言われた時は、ちょっとびっくりしました」

松永: 「確かに、記憶に残るフライトですね! 糸川さんご自身の経験を作品に、ということはないとのことですが、作品は航空アナリストの鳥海高太朗さんが監修されているほか、現場でご活躍されている方々への取材を通じて構成されていますよね。実際、インタビューなどを通じて、それぞれのストーリーが生まれることもあるのでしょうか」

  • 航空アナリストの鳥海高太朗さんも監修者として、『空男ソラダン』の取材や制作に関わっている

    航空アナリストの鳥海高太朗さんも監修者として、『空男ソラダン』の取材や制作に関わっている

糸川さん: 「うーん。例えば3巻では、ひとつの飛行機の中に犯罪者と警察官、そして怪我人という、いろいろな事情を抱えた人たちがひとつの飛行機に乗り合わせるという事態が発生します。でも実際、そんなことってなかなかないんですよね。だから、『ドクターコールで名乗り出たのが、警察が連行中だった被疑者だったらどういう対応をとる?』など、もしも話をCAさん何人かに聞き、『私だったらこうする』といろんな意見を聞いた上で、一番面白くなるような展開を探すということはありましたね」

高橋一生風のパイロットにはモデルはいるの?

松永: 「今度は登場人物に聞いてみてもいいですか。主人公はイケメンすぎてはいけないとか、副機長の六郎木要は高橋一生をイメージしているとか、キャラクターの外観にはいろいろと設定があったようですが、人柄において実際にモデルにされた方はいたのでしょうか。主人公が空を目指すきっかけにもなったCAの妃さんは、ひょっとしたら糸川さんの母がモデルだったりするのかなぁと思っていたのですが……」

  • 副機長・六郎木要の初登場シーン(第7便「夢の翼を目指して」第8便「花に嵐」より) (c)糸川一成/講談社

    副機長・六郎木要の初登場シーン(第7便「夢の翼を目指して」第8便「花に嵐」より) (c)糸川一成/講談社

糸川さん: 「男性キャラクターの髪形以外には特にないです。実際のインタビューでもらった"かっこいいセリフ"も、脳みその中にストックしたものの中からキャラクターが勝手に場面に合わせてしゃべるので。『あーその"セリフ"って今このシーンで使うんだ』と思いながら描くことが多いです。

あ、でも、主人公の母が玄関で倒れているところは、『これ、糸川のお母さんでしょ!?』って結構言われました。そのシーン、主人公の母は過労で倒れているんですけど、うちの母はよく酔っぱらって倒れてたんで(笑)。なぜか、私の知るCAさんのほとんどみなさんがザルでして、よくみんなでべろんべろんになるまで飲んでますよ。そういう意味でも、CAさんにはスタミナがある人が多い印象がついています」

リアル「空男フライト」を経て

松永: 「今後、カケルは本当に国際線のCAになれるのかが気になるところですが、6月3日に行われたスターフライヤーの「「空男ソラダン MEN's FLIGHT」」に、糸川さんも搭乗されていましたよね。実際、男性CAだけのフライトに乗ってみていかがでしたか」

  • 6月3日には、3人の男性CAが乗務する「空男ソラダン MEN's FLIGHT」が実施された

    6月3日には、3人の男性CAが乗務する「空男ソラダン MEN's FLIGHT」が実施された

糸川さん: 「私が男性CAを初めて見たのはエールフランスでしたが、機内に男性しかいないという環境になったのは初めてでした。男性CAの漫画を描いているのに遭遇したことがなかったので、自分にとっても特別なフライトになりました。もし仮に、何か非常事態が起きたとしても安心できそうだなというのもあったんですけど、目新しさもあってのことかもしれませんが、ホテルのフロントのような高級なイメージを感じました。

実のところ、男性CAを主人公にすることは、航空会社の人から嫌がられるのではないかという不安がありました。どういうわけか日本には少ないものなので、日本の航空会社にとってはタブーなのかって勝手に思っていて。だから、漫画を描くにあたって取材をお願いした際には、"CA"が主人公の話とだけ言って、"男性CA"であることは言っていませんでした。

でも、実際にお会いすると、どこの航空会社の人にも嫌がられることはなく、むしろ歓迎され、宣伝してほしいとまで言われました。現役の男性CAの方からもです。大きい航空会社側も、むしろ男性CAを積極的に採りたがっていることを知りました。

『空男ソラダン』読者はモーニングの読者層よりもやや若い傾向があるようで、小学生から手紙が届くこともあるんです。『パイロットになりたい』『CAになりたい』という声も届くし、航空業界を目指している人から『元気が出ました。この業界を目指していて良かったなと思い直しました』とか、そういったものも。スターフライヤーの空男ソラダン MEN's FLIGHTにも、CAに憧れているという男の子がいらっしゃってました。いつか、『ぼく、ソラダンになりましたよ』って言いにきてくれるとうれしいです。たぶん私、めちゃくちゃ泣くと思います(笑)」