仮にあなたは飛行機に詳しくなくて、強面な"飛行機オタク"の課長と一緒に飛行機出張をすることになったら……。実際の上司だったらちょっと面倒くさいかもしれない熱い"飛行機オタク"の課長と、意識高い系な"ビジネスオタク"の若手社員と一緒に、飛行機と空港の世界にどっぷり浸れる漫画『前略 雲の上より』(イブニングKC)、その原作者・竹本真さんに、"前略"なしで作品にかける想いをうかがった。

空に魅せられ、空港を目指した日々

松永: 「青年漫画誌『イブニング』で連載中の『前略 雲の上より』ですが、4月23日には単行本第2巻が発売となります。そもそも、どのようなきっかけでこの漫画は生まれたのでしょうか?」

竹本さん: 「僕自身が飛行機好きでいろんなところに行っていますという雑談から始まりました。飛行機好きの始まりは15~16年ぐらい前ですね。僕は『課長島耕作』の弘兼憲史先生のアシスタントをしていたんですが、アシスタントになった最初の取材で中国とハワイに連れていってもらい、特にそのハワイ線の体験で完全にトリコになったわけです。

ジャンボジェットという大きな乗り物にたくさんの人が乗っていて、片道7~8時間、みんなこの中で"生活"していることにびっくりしました。漫画でも描きましたが、窓から見える景色が"神の視点"だと思ったんです。あっちでは雨が降っているけどこっちでは晴れていて、天気図を見ているようなと言うんでしょうか。本当にすごいなって思っていたら、一気に飛行機好きになりました」

  • 新幹線に乗りながら"神の視点"との違いを語る課長(第8話「train,train,仙台空港」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

    新幹線に乗りながら"神の視点"との違いを語る課長(第8話「train,train,仙台空港」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

松永: 「話の始まりは羽田空港でしたし、作品の中で様々な空港が出てくるので、空港に対する愛情がきっかけかと思っていましたが、先に雲の上の体験があってのことだったんですね」

竹本さん: 「ただ、飛行機はお金がかかる趣味なので、そんなにしょっちゅうは乗れないんですよ。なので、最初は空港に行っては飛行機を見て過ごしているだけでした。それで段々、『空港っていいな』と思い始めました。空港の非日常的な雰囲気で、実際には自分が乗るわけじゃなくても旅行したような気分になれるし、すれ違う人々も旅行の雰囲気をまとっていて違いますよね。そんな感覚がいいなって。

地方空港だと、便が来ない時間だと本当に誰もいない。下手したら電気も切って節約しているぐらい。そんな中にひとりでいるのがまた好きだったりするんですよ。飛行機のいない展望デッキでボーっと景色を眺めるのも癒やしですね。そんな風に最初は空港に行っても飛行機を見て過ごしているだけでしたが、2012年頃から日本にもLCCが誕生して、その時に初めて、ただ飛行機に乗るためだけの旅行をして、気がつけば国内の空港を巡っていました」

翼の上の席も悪くない

松永: 「LCCのおかげで飛行機旅がもっと手軽なものになりましたよね。ちなみにですが、国内の空港は全て制覇されたのでしょうか?」

竹本さん: 「離島を除くと天草空港以外は制覇。だから、『みぞか号』に早く乗りたくて乗りたくてしょうがない! CAさんがいろいろともてなしてくれ、機内もアットホームとか聞いていて、たった1機をみんなで大事にしているのが本当にいいなって。なかなかタイミングがあわないんですが、どのルートで天草を目指すか、いろいろ考えています」

松永: 「どのくらいの頻度で空港巡りをされているのでしょうか?」

竹本さん: 「この連載が始まる前は2週間に1回でした。それは、自分の中で試行錯誤した結果。毎週乗ると慣れてしまって新鮮味がなくなってしまう。でも、3週間に1回にすると禁断症状が出てしまう。乗りたくて乗りたくてしょうがなくなってしまって、飛行機のことばっかり考えてしまう。僕はそれを"飛行機ジャンキー"と呼んでいるんですが、2週間に1回だと乗りたいタイミングで乗れるように感じています。ただ、今は連載の取材のため、1週間に1回のペースで乗っています」

松永: 「"飛行機ジャンキー"ですか(笑)。きっと飛行機に乗る時には、どの席がいいかにもこだわっていらっしゃるんでしょうね」

竹本さん: 「僕は窓際が絶対条件ですね。前か後ろかはそんなにこだわりはなくなりました。昔は後ろの方が空いているようなことが多かったんですが、最近は乗る人が増えたのか、どの便に乗っても満席な気がします」

  • 課長はあえて、桐谷に窓側の席を譲るシーンも(第1話「始まりはいつも羽田」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

    課長はあえて、桐谷に窓側の席を譲るシーンも(第1話「始まりはいつも羽田」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

竹本さん: 「昔は翼の上だと翼しか見えないと思って避けていたんですが、最近はむしろ翼の上がいい。翼越しの景色を見るとスピード感が分かるんですよ。着陸間近だとフラップの降り具合で、『今、飛行機はどんな状態かな』『パイロットは何を考えているのかな』とか、そうしたことを考えるのが楽しくなってきました。あと、基本的に好きな機材は単純にカッコいいからということで787が好きなんですが、それとはまた別に、777や747などの大型機の大きなエンジンが好きです。そんなエンジンが楽しめる席もいいですよね。

トイレに行きやすいとか荷物が出しやすいからという理由で、通路側を好む人もいますよね。でも、飛行機が好きだと、そうした合理性はあまり求めないです」

課長は『ミナミの帝王』だった!?

松永: 「今度は作品について聞いてみてもいいですか。作品のメインキャラクターは若手社員の桐谷と、その桐谷と一緒に飛行機で出張する課長ですが、このふたりにはそれぞれモデルはいるのでしょうか?」

竹本さん: 「課長の"飛行機オタク"っぷりは僕ですが、キャラ設定自体は、『ミナミの帝王』の竹内力さんがモデルでした。作品の中盤ぐらいの竹内力さん。そのモデルも踏まえて作画の猪乙くろ先生にデザインしてもらったところ、すらっとかっこいい課長に仕上がりました。課長は40代半ばをイメージしています。

  • 課長の初登場シーン。確かに『ミナミの帝王』風だ(第1話「始まりはいつも羽田」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

    課長の初登場シーン。確かに『ミナミの帝王』風だ(第1話「始まりはいつも羽田」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

竹本さん: 「桐谷くんはというと、ほとんど同じストーリーのネームが上がってきた時は全然違うキャラだったんですよ。面白くないなと思ってボツにしたんですが。課長の言葉や目にした空港に、『へ~』『すごいですね』とか、肯定的なリアクションしかしないキャラでつまんないなって。自分のポリシーや世界観を持って、課長に対してもその世界観から課長に物申すタイプ、課長とは違った目線で空港が見られる人がいいなと思って、今の桐谷くんが誕生しました。

飛行機への愛を全く持たずにビジネスという視線で空港を見る"ビジネスオタク"で、課長の言動に対してもどこか冷めた感じで『何言ってるんだこの人』ぐらいで突っ込むぐらいのスタンス。その役割からどんな見た目がいいか、というところで桐谷くんを作画してもらいました。

猪乙先生は桐谷くんの泣きぼくろがこだわりだったようですが、編集担当は『入れ忘れがないかと編集作業が大変なので、入れるんじゃなかった』と思うこともあるようです(笑)。でも読者からは、『あの泣きぼくろがいいですね』と言ってもらえることもありますよ」

  • 桐谷の初登場シーン。飛行機に無関心な様子が一発で分かる(第1話「始まりはいつも羽田」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

    桐谷の初登場シーン。飛行機に無関心な様子が一発で分かる(第1話「始まりはいつも羽田」より) (c)竹本 真・猪乙くろ/講談社

松永: 「確かに、泣きぼくろ好きな人も一定数いますよね(笑)。実際、この漫画の読者はどのような世代の人たちが多いのでしょうか?」

竹本さん: 「『イブニング』自体は30代後半~40代前半の社会人男性が多いです。でも、60代の方から『地元の空港を取り上げてくれてありがとう』という声をいただいたこともありますし、幅広い方がいらっしゃるようです。女性からの声もあります。『仕事で飛行機に乗るけどそんな目線で見てなかったから、これから空港を回ってみます』というリアクションは、よく聞きますね」

松永: 「初回の舞台は羽田空港でした。東京の次は大阪ということで、第2話が関西空港というのは自然な流れのように感じましたが、第3,4話が庄内空港というのは意外でした。ややマニアックな空港な気がしまして。特にこの庄内空港は前編・後編に分けて紹介されていますが、やはり竹本さんにとっても庄内空港はこだわりが強い空港だったのでしょうか?」