取材を通して親子のような関係に

前編の放送では、息子が目撃した残忍な犯行の表現も語られたが、「日曜日の昼間に流すことは躊躇(ちゅうちょ)しましたね。実際に視聴者の方からのクレームもあったんですが、そこを抜きには語れない」という判断で放送。後編では、母・緒方純子受刑者から届いた手紙を初公開し、父・松永太死刑囚との面会の様子も明かされる。

張江泰之
1967年生まれ、北海道出身。中央大学卒業後、90年にNHK入局。『クローズアップ現代』『NHKスペシャル』などを担当し、05年にフジテレビジョン入社。『とくダネ!』やゴールデン帯の特番などを担当し、14年から『ザ・ノンフィクション』チーフプロデューサー。現職は、情報制作局情報企画開発センター部長。

ここで不思議なのは、前編では母親に対して、比較的強い口調で「すごく嫌いなんです」と嫌悪感をあらわにしていたが、その母からの何十通もの手紙を、捨てずに保管していたことだ。張江氏はこの疑問に対して、「そこが愛憎ですよね」と解釈。「最初は私に『捨てたからもう無い』って言ってたんですが、2回目に会った時にカバンから出して、『これを煮るなり焼くなり使ってください』って渡してきたんです。でも、封筒の破り方がひどくて、そこに彼の感情がものすごく表れていると思いました」と振り返る。両親にはいずれも面会に行っているが、回数は圧倒的に母親が多いという。

また、10時間にわたるインタビューを後編まで見ていると、息子のある変化に気づく。張江氏に対して、だんたん"タメ口"で答えるようになっているのだ。それは、心を開いていったことの表れで、最近では何かあるごとによく電話がかかってくるという。

今年50歳の張江氏とは、ちょうど親子ほどの年齢差。父親の愛情を全く受けずに育ってきた彼にとって、まるで親代わりのような存在となっており、「『これをきっかけに、出版社とかから発信することがあったら、張江さん付き合ってくださいね。すごい不安だから裏切らないでください』とも言われました。後編では、養護施設を出てから世の中のひどい仕打ちにあったことを語っていますが、またそんな経験をするんじゃないかという恐怖心があるんですよね」と思いやる。張江氏は彼のことを、本名の下の名前で呼んでいるそうだ。

前編の放送が終わり、反響を伝えたときの息子の反応はどうだったのか。「『放送が無事に終りました。Twitterの反響もすごいです』とLINEで送ったら、それに対して『ありがとうございます。どんな意見が寄せられているか教えてください』って返ってきたんです。それで、『見る限りでは共感が多いよ』と送ったら、彼がこんなことを言ってくるのは初めてなんですけど、『よかった。本当にいい映像を作ってくれてありがとうございます。やっと報われる』って書いてきたんですよ。この"報われる"というひと言は重いですね…」と、驚きとともに、胸を締め付けられるメッセージが届いたそうだ。

『人殺しの息子と呼ばれて…』後編は、身寄りも金もなかった息子が、養護施設を出て自立するまでの地獄の日々を赤裸々に告白。また、母・緒方純子受刑者から届いた手紙を初公開し、それに対して息子が抱いた意外な感情が明かされる。さらに、父・松永太死刑囚と面会し、どうしても自分に言ってほしかったこととは…
(C)フジテレビ

同じ境遇の人たちに「少しでも勇気を」

今回のインタビューを受けた背景には、自身以外にもたくさんいるであろう、犯罪者の子供として"日陰"の人生を送ってきた境遇の持ち主に対して、自らがテレビに出て話すことで「少しでも勇気を与えたい。1人で悩まないでほしい」という思いもあったそう。これまで、メディアが犯罪者の子供に焦点を当てることもなかったことから、強い決意があったようだ。

犯罪被害者のネットワークは存在するものの、加害者の幼い子供が同様の組織を作ることは不可能に近い。また、殺人の被害者遺族には、現行で最高3,000万円の給付金制度がある一方で、犯罪者の子供は1銭も支援されない。理不尽さを感じる制度だが、「後編」の放送日は偶然にも衆議院総選挙の投票日でもあり、張江氏は「この番組を見て、こういう現実もあるということを知った上で、投票の参考にしてもらってもいいかもしれませんね」と話した。