離陸と着陸、どっちが緊張する?

着陸の際、ファームタッチダウン(ドンと着く感じの着陸)にあたることもあるだろう。鶴谷氏によると、場合によっては意図的にファームタッチダウンをすることもあると言う。

「プロのパイロットであれば、ファームタッチダウンは避けられますが、それは条件次第です。例えば、滑走路が長ければいくらでもスムーズにランディングできます。あえてドンと着く時は、原因はふたつです。滑走路が濡れている・雪が積もっている、横風が非常に強く方向の制御が難しい場合は、ブレーキ作動を迅速にするために、しっかりとした接地をします。

一方で頻度は非常に低いですが、気象条件が厳しくて、飛行機の性能上、やむおえずということももちろんあります。例えば、風の吹き方が一定ではなく強弱の振れ幅がある場合、最終的に接地の瞬間に風が急に減ったりするとファームタッチダウンになることもあります。極力不快な衝撃にならないように努力はしますが、それでもゼロにはならないです」(鶴谷氏)。

ファームタッチダウンは意図的に行うこともある(駐機中に撮影)

実際、離陸と着陸ではどちらが緊張するか尋ねたところ、「一般の方がイメージするのは着陸だと思いますが、私たちの多くは離陸だと思っています」ということだった。

「離陸は全部手動です。たぶん、技術的には不可能ではないと思っていますが、離陸の方がある意味大変なんです。飛行機という巨体を速度ゼロの状態から走らせ、エンジンの力を借りて浮かせないといけません。

そのため、もちろん私自身は離陸中にエンジンが不調になるという経験はないのですが、注意力を高めるという意味で、『今日、エンジンが止まる。止まったらこうしなきゃ』ということを毎回考えるようにしています。不具合が生じた場合、そのケースは多岐にわたるため、航空技術が発達しても、まだまだ人の力が必要なのではと私は考えています。周りに何も障害物のないところでしたら、技術的には自動離陸は可能だと思いますが」(鶴谷氏)。

自動操縦が"自動"でないわけ

離陸は手動ではあるものの、先のスケジュールを見てみると、ほとんどの時間は自動操縦であることに気づくだろう。実際、鶴谷氏の場合、天気が悪く、かつ、霧の都・ロンドンに着陸する路線では、離陸して高度60mに達した時で自動操縦に切り替える。また、着陸する際も霧で視界が悪い時は、自動着陸が義務化されている場合もある。

霧などで視界が悪い時は、地上滑走でもギリギリのタイミングまで自動操縦を使うという。逆に、正面・横・後ろ風が強い時は、着陸時にも手動操縦が求められる。

自動操縦だからと言って、パイロットは飛行中、何もしていないわけではない。各国・地域の管制官と随時、ときには衛星通信を経てやりとりをしており、正しく水平飛行ができているか、また、刻々と変わる天候も計算に入れた自動操縦を調整している。

「自動操縦で楽をしていると感じるかもしれませんが、自分でないものに操縦させる難しさがあります。例えばクルマで信号のある交差点で左折する際、信号を確認するなど状況を見て、ブレーキを踏みながらハンドルを回し、ある程度まで曲がったらブレーキを離す、という流れになりますが、これらをきっちり数字化したり、コンピューターにプログラミングしたりすることをイメージしてみてください。飛行機で言うなら、この角度で旋回させて、アクセルの踏み方のモード・増減を制御するなどになりますが、それらが想定通りに作動しているか、常にチェックしなければいけません。

上限以上の速度が出ないように注意する、目の前に入道雲があれば避けるように操作する、客室乗務員から揺れが大きいという指摘があれば対応する、などもそうです。また、何かあった時にどうするか、ということをいつも考えています。片方のエンジンの推力が下がった、お客さまに急病人が出たらどこに下りたらいいだろうか、などです」(鶴谷氏)。

機内食やトイレはどうしてる?

パイロットも機内ではご飯を食べたり、交代要員がいる長距離フライトの場合は交代で身体を休めたりしている。機内食はリスク管理のため、機長と副操縦士、別々のメニューを食べるようにしている。また、その機内食は一般に提供される機内食とは異なり、パイロット用にややアレンジされているようだ。外見も、トレーや食器ではなく、専用の紙箱に収められたコンパクトな仕様。ご飯を食べる時も、操縦席に座ったままとなる。

トイレでひとりが席を外す場合、通常の巡航高度では、残る方のパイロットが酸素マスクをして乗務を続ける。酸素マスクはひとりで操縦室にいる際に、酸素濃度が低くなったなどの異常に気がつかないことを避けるための処置だ。また、操縦室でひとりだけにならないよう、客室乗務員が操縦室に呼ばれて操縦室内に控えるようになっている。なお、JALのパイロットは一般と同じトイレを使用する。

鶴谷氏はいつも、「お客さまのトイレをお借りしている」という気持ちでトイレを使っているという。そのため、使う前よりも美しくなるよう、ちょっとした掃除もしてトイレを後にするそうだ

「操縦席から見える絶景と言えば? 」と質問をすると、「やはりオーロラですね」と鶴谷氏。特に操縦席という視界の開けた大きな窓なので、オーロラをくぐりながら下から見上げることもできるという。北極であれば、氷山もまた魅力的な風景だ。南の島であれば、オーストラリアからの復路で、バタフライアイランド(こうもり島)という美しい環礁を見ることができるという。なお、飛行機の影の周りに光の輪が浮かびあがる「ブロッケン現象」は、見ると幸せになれると言われているような貴重なものだが、パイロットたちにとってはごく日常的に光景のようだ。

「今日は思ったほどでもなかった」

出入国の際には、乗務員たちも出入国の審査が必要になる。ただし、一般旅客と同様のスタンプのほか、乗務員専用のスタンプやIDカードの提示など、国・地域によって方法が異なる。鶴谷氏が羽田=ロンドン線を乗務する際、基本的に現地に2泊するという。鶴谷氏は、なるべく現地の時間に合わせることで時差ぼけを解消するようにしているようで、特に睡眠時間を細かく調整し、乗務中がベストなコンディションになるようにもっていく。また、海外でも意識的に身体を動かしているという。

「パイロットは航空法によって航空身体検査が義務付けられています。身長・体重などの一般的な健康診断での項目のほか、呼吸器系や眼、循環器系、血液・造血機能など細かく項目があり、全ての項目において70点以上でないと操縦ができません。そのためみな、日常的に身体を整えています」(鶴谷氏)。

機長は「定期運送用操縦士技能証明書」「技能証明―限定事項」「技能証明書-航空英語能力証明」「技能証明書―特定操縦技能審査/確認」「第1種航空身体検査証明書」「無線従事者免許証」「フライトログブック」を常に携帯している

飲酒に関しても航空法で定めがあるが、JALは社内規定でより厳しい基準を設けている。具体的には、乗務開始の12時間前から運航終了まで禁止、また、12時間以前であっても乗務に支障をきたす飲み方は禁止、などと定めている。また、乗務開始前24時間以内にボンベ等の潜水用具を使用してダイビングも禁止など、パイロットにはいろいろと制約がある。

日本への復路でも往路同様、定められたスケジュールの中で業務にあたる。鶴谷氏はフライトを終える際、いつも「今日は思ったほどでもなかった」と思えることを大事にしているという。それは、あらゆるリスクを考えた上で、想定範囲の対応がしっかりできたという意味だ。その範囲を超えた時に感じるであろう、「今日は運が良かった」というようなフライトは決してしないということを、いつも肝に銘じていることがうかがえる。

通常、パイロットとの接点は機内アナウンスくらいでしかない。そのため鶴谷氏は、「我々が操縦以外でプラスでできることはこれしかない」という気持ちで、機内アナウンスに臨んでいるという。ぜひ今度のフライトでは、パイロットのアナウンスに耳を澄ませていただきたい。