しがらみ無視のリバイバルプラン

日産は1990年代後半に業績が悪化し、2兆円に上る借金(有利子負債)を抱えて海外提携を模索し始めた。最終的にはルノーとの資本提携を決め、1999年3月に提携調印を発表した。筆者はこの経過を著書「トヨタの野望、日産の決断」(ダイヤモンド社)に著している。ルノーから日産の救世主として送り込まれてきたのがカルロス・ゴーン社長である。

「日産リバイバルプラン(NRP)」。ゴーン流経営による日産復活を目指した中期経営計画の第一歩は、旧来の日産のしがらみを断ち切った聖域なきリストラとコミットメント経営だった。社内はクロスファンクショナルチーム(CFT、部門間の壁をなくす全社横断チーム)、V-upプログラム(部門横断的なラインマネジメントの問題解決)を推進し、外国人、女性社員の登用で日産の企業文化を大きく変貌させた。

ゴーン社長が日産で最初に手掛けた中計NRPは、当期利益の黒字化、営業利益率4.5%以上の達成、有利子負債7,000億円以下の3つのコミットメントだった。2000年4月~2002年3月の3カ年NRPを1年前倒しで達成した同氏の手腕は、ゴーン流V字回復として脚光を浴びた。続く「日産180(2002年4月~2005年3月)」では、さらに営業利益率8%、有利子負債ゼロ、グローバル販売100万台増加の3つのコミットメントを掲げた。

日産とルノーのトップに君臨して10年余のゴーン社長

当時、筆者はゴーン社長にインタビューしたが、社内改革とルノーとのシナジー(車台、エンジン、部品の共通化、購買調達の共同化など)効果を出せば、日産は復活できるとの明快な答えが返ってきたのを思い出す。ゴーン社長は、この日産V字回復という経営成果により、2005年5月からルノーの会長兼CEO(最高経営責任者)に就いてルノー・日産連合のトップに君臨し、現在に至っている。

ルノー・日産アライアンスのトップに君臨するゴーン氏

ゴーン社長がルノーから日産のトップに送り込まれて17年、ルノーのトップも兼任するようになってからは10年余が経過する。オーナーならいざしらず、いわゆる雇われ社長としては異例の長期政権だ。

ゴーン社長の代名詞ともなったコミットメント経営だが、ここへきてほころびも見えてきている。具体的には、今期を最終年度とする「パワー88」の目標が、急激な円高環境下とはいえ「必達」が難しくなってきていること、得意のEVが思うように市場に浸透しないこと、新興国向け戦略ブランド「ダットサン」を立ち上げたものの、成果が遅れていること、母国市場の日本での販売が低迷しており、シェアが1桁に落ちていることなどが不安材料だ。

一方でルノーは、43.4%出資の日産を持ち分子会社としており、その連結決算では、日産からの上納で何とか黒字を確保している現状にある。ルノーの株主である仏政府には、ルノーを通じて日産への経営関与を強めようとするなど微妙な動きもある。ゴーン社長の高額報酬は日本でも話題になるが、ルノーの株主総会では高額反対となり、報酬減額に追い込まれる状況さえでてきた。

つまり、ゴーン社長にとって停滞感というか閉塞感も漂う中で、三菱自動車の実質的買収は、その打開へ向けた乾坤一擲の決断だったのではないだろうか。