こんな映画を作って、本当に大丈夫なの? 試写室で綾野剛主演の映画『日本で一番悪い奴ら』(6月25日公開)のエンドロールを眺めながら、そんなことが頭をよぎった。綾野演じる新人刑事・諸星要一は、警察への忠誠を誓いすぎたことで、成績を上げるために手段がエスカレートしていく。でっちあげ、やらせ・おとり捜査、拳銃購入……もうめちゃくちゃである。

挙句の果てには養っている"S"(スパイ)と覚せい剤の密売をはじめ、その利益を元手に拳銃を購入するなど、諸星は独創的な発想で北海道警察の階級社会をガシガシとよじ登っていく。まぁ、かなりの脚色が施されているのだろう。そう言い聞かせて勝手に安堵していたのだが、原作となったノンフィクション『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社)を読み終えると、そんな目算はあっさりと打ち砕かれてしまう。原作者は元エース刑事・稲葉圭昭氏。9年の服役を経てつづられた、懺悔録だった。「日本警察史上、最大の不祥事」とうたわれている今回の映画。かつての「稲葉事件」をモチーフに描かれているわけだが、関係者の中には今でも北海道警にお勤めの方もいらっしゃるらしい。

本当に大丈夫なの? こんな作品をどうやって映画化までこぎつけたの? 出演者にそんな質問をぶつけるのはお門違いなので、宣伝担当に「現場の苦労を知る人物を」とオファーしてみたところ、紹介されたのがプロデューサーの高橋信一氏だった。この高橋氏。常にクールで終始淡々。しかし、「痴漢保険」に入るなど、過剰な警戒心の持ち主でもあった。

警察は撮影申請手続きに半笑い

――警察との交渉、許可取りなどでご苦労もあったのでは。それほど振り切っている作品でした。

実務としてこの映画のお金を集めたり、制作体制を整えたり、宣伝の方向性を決めたりと、プロデューサーの業務は多岐にわたります。ただ……この映画を作ることに関して、警察への許可取りは一切していません。

――えっ!?

撮影に関しての道路使用許可とか、そういった撮影行為に関しての許可申請はきちんと行っています。でも、映画自体をやることに関しては全く……。原作があり、それをもとにしたフィクションとしてこの作品を作りました。冒頭から注意書きを入れているのはそのためです。

――私が当事者だったら、怒ってしまいそうです。

ここに関してはいろいろな解釈があると思いますが、もし今回の作品がNGだとすると、これまでのすべての刑事ドラマもダメになる。だから、「許可は必要ない」との判断でした。また、この映画は実際の事件をモチーフとして映画化していますが、私たちは北海道警を糾弾しようとして映画は作っていません。

小樽で中古車販売を営むパキスタン人・ラシード(植野行雄)と知り合い、ロシアからの拳銃横流しルートを確保した諸星。

――てっきりそこで大変な思いをされたんだと……正直に言います。危険な目にあったとか苦労をしたとか、そんなシビれるような裏話を期待していました。

そういうことであれば、全く苦労はありません(笑)。当然、社内で若干、心配の声は上がっていました。「こういう映画を作っていいのか」「警察から抗議されるんじゃないか」とか。ただ、白石監督とは前作『凶悪』からの関係なので、われわれとしては「白石監督の最新作だからやろう」という思いでした。

――そうですか……。

苦労話ですか(笑)? 面白エピソードになってしまいますが、やっぱり北海道ではほとんど撮影することはできませんでした。撮ることができたのは、わずか数日。「それだったら協力できない」と断られるんですよね。交渉先の方が実際に稲葉さんや北海道警に何かをされたとかではないと思うんですよ。それほどの爪痕を残した重大事件だったということでしょうね……。劇中では昭和から現代までの北海道を舞台としていますが、実際は三重県四日市市の桑名を中心に、一部を名古屋と神戸で撮影しました。

撮影に入る前、北海道のロケハンではすすきのの方々のお話もうかがうことができました。映画宣伝の中でも「日本警察史上、最大の不祥事」と言っていますが、この作品にかかわるまではそこまで知らなかったというか。ただ、現地の人にとっての「稲葉事件」は今でも語り継がれるほど相当なインパクトだったようで。みなさんのお話をうかがって、「フィクションとして製作するとはいえ、北海道での全面ロケは困難を極める」と確信しました。

三重の撮影では当然、道路使用許可の申請手続きをするんですが、書類には「どういう映画なのか」を書かなければならない。そこで嘘をついてしまうと、虚偽の申請となってしまいます。正直に映画の内容を伝えたところ、三重県警の方々は半笑いでしたが、撮影にはしっかりご協力いただきました。三重県警は三重県警、北海道警は北海道警。警察組織は「縦割り」なんだとあらためて感じた瞬間でした。

北海道警察と警視庁はライバル関係にあり、"手柄"となる拳銃を巡って、時にはこのように取っ組み合いになることも。

――劇中でもそんなシーンがありましたね。

ええ。野次馬が集まると、三重県警の方々がてきぱきとさばいてくださいました。「なにかあったら何時でも声をかけてください!」と非常に協力的で、本当にありがたかったです。

――わずか数日の北海道ロケというのは?

夏に数日、その後、冬場に夕張という設定で撮影しています。夏のタイミングでは映画の情報が解禁なっていませんでしたが、冬は情報解禁後。当然、世間にはこの映画のことが知れ渡っているわけで、「何かが起こったらどうしよう……」という漠然とした不安がありました。法令順守を徹底し、車の運転やスピードもいつも以上に安全運転で気を使いました。