コルビュジエはあまり乗り気じゃなかった!?

フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと共に"近代建築の三大巨匠"として位置づけられている

―ところで「国立西洋美術館」が建てられた経緯はどのようなものでしょうか?

コルビュジエの作品としては後期のもので1959年に完成しました。この美術館は、松方幸次郎という実業家が蒐集した「松方コレクション」という近代の西洋の絵画・彫刻が基となっています。第二次世界大戦中、彼のコレクションの一部が戦火を避けパリ郊外の民家に疎開されていたのですが、戦後に敵国財産としてフランス政府により没収されてしまいます。

フランスにしてみれば、「お宝」とも言える作品群を日本に返還することをだいぶ渋ったようですが、それらを収蔵するための新しい美術館を造るなら、という条件付きで作品が返還されることになったのです。そこで設計の白羽の矢がたったのがコルビュジエだったんですね。

―彼が選ばれた理由は何だったのでしょうか?

実ははっきりしたことは分かりません。しかも、本人もあまり乗り気ではなかったみたいです。外務省に勤務していた女性事務官の説得により、ようやく重い腰をあげたようですね。1854年11月に1週間ほど来日していますが、その後、送られてきた図面を見て関係者一同はびっくり仰天したのではないでしょうか。というのも、美術館以外にも頼んでもいない一大複合施設の計画が勝手に盛り込まれていたのです。しかも、図面に寸法が示されていなかったんですね(笑)。

その後、日本人の3人の弟子(前川國男、坂倉準三、吉阪隆正)の活躍により、なんとか完成に至ったのです。このお弟子さんたちはいずれも日本の建築界の巨匠で、素晴らしい建築物をたくさん残しています。また、安藤忠雄や丹下健三など、日本の名だたる建築家の多くは、コルビュジエの影響を少なからず受けています。

―「国立西洋美術館」は上野駅からすぐ近くでアクセスもいいですし、これから来場者も増えそうですが、本田さんオススメの見所はありますか?

コルビュジエの特徴がもっともよく表れているのは常設展示室です。実は企画展示室は1997年に増設されたものなんです。美術館では建築ツアーなども開催していますし、建築に関するパンフレットもHPでダウンロードできますので、そういったものを活用して、ぜひ建築の特徴を味わってみてください。

モネ『睡蓮』1916年。国立西洋美術館のモネのコレクションはとても充実している(国立西洋美術館所蔵の松方コレクション)

また、松方コレクションは本当に素晴らしい作品群です。ロダンやモネは世界的に見てもかなりの充実度を誇りますので、作品もしっかり見てほしいですね。さらに、美術館の新館と、美術館の前の道路反対側に位置する東京文化会館はいずれも弟子の前川國男の作品です。前川氏は軒の高さをそろえるなど、師匠に最大限の配慮を払っているのですが、そうした師弟の競演を見るのも面白いと思いますよ!

ルノワール『アルジェリア風のパリの女たち』1872年。フランスが返還を特に渋った作品と言われている(国立西洋美術館所蔵の松方コレクション)

ゴーギャン『海辺に立つブルターニュの少女たち』1889年。人物が片方に寄っているのは浮世絵の影響(国立西洋美術館所蔵の松方コレクション)

登録されれば都内の世界遺産は2件に

―ここが登録されれば、東京初の世界遺産ということになりますか?

東京都には既に世界遺産が登録されているんですよ! 自然遺産の「小笠原諸島」です。東京の中心地から1,000kmほど離れていますが、れっきとした東京都の世界遺産です。余談ですが、首都に自然遺産があるというのは世界的に見てもすごく珍しいんです。

ということで初めの質問に戻ると、今回は、東京初の文化遺産ということになります。今回はイコモスにより登録勧告がなされたということで、実際に審議されるのは、7月10日からトルコのイスタンブールで開催される世界遺産委員会ということになります。これまで諮問機関の登録勧告が、本番の委員会の場でひっくりかえったことはまずありませんので、99.9%大丈夫だと思います。

―今回のお話を聞いて、近現代建築に注目するのも面白そうだと感じました。

世界遺産は1994年以降、登録されるジャンルの不均衡を是正する一環として、近現代建築の登録を強化しています。これまでにもガウディの作品群やシドニーのオペラハウスなど、20世紀に入ってから築かれたさまざまな建築物が登録されています。日本で20世紀以降の建築物で登録されている遺産と言えば「原爆ドーム」(1915年)や「明治日本の産業遺産」(2015年)の一部構成資産などがありますが、登録された意味合いが異なります。

近現代建築というジャンルで評価されたということでは日本でも初めてのケースですし、フランスやベルギー、アルゼンチンなど他国との共同での登録という点でも初めてとなります。世界遺産は国際協力しながら、お互いの国の文化の多様性を認め、保護に関するノウハウを共有することを目指しているので、今回の共同推薦が実現されれば、日本の世界遺産もさらに多様性が増すのではないかと期待しています。

プロフィール: 本田 陽子(ほんだ ようこ)

「世界遺産検定」を主催する世界遺産アカデミーの研究員。大学卒業後、大手広告代理店、情報通信社の大連(中国)事務所等を経て現職。全国各地の大学や企業、生涯学習センターなどで世界遺産の講義を行っている。