4月14日以降に発生した「平成28年(2016年)熊本地震」(以後は「熊本地震」と表記)により、九州新幹線が大きな被害を受けた。22日現在、全線復旧の見通しについてはまだ立っていないが、ここでは過去に発生した地震被害の事例を参考に、これからどういった作業が必要になるか、どういった問題があるか、といった点について考察してみたい。

九州新幹線、熊本地震での被害概況は

まず、国土交通省が4月17日に公表した写真やその他の報道にもとづき、被害の概況についてまとめてみた。地震が熊本地方で発生したことから、被害が生じた区間はおもに新玉名~熊本~新八代間にかけての約60kmの範囲となっている。

  • 防音壁の落下 : 約80カ所
  • 高架橋の亀裂 : 25カ所
  • 高架橋を支える柱の損傷 : 約20本
  • レールの変形、レール締結装置の損傷
  • 軌道変状 : 熊本総合車両所の入出庫線
  • 高架橋の調整桁ずれ
  • 保守基地の保守用車庫天井に設置されたクレーンの落下

熊本地震の影響で、熊本駅も駅施設の一部損傷など被害を受けた

変わったところでは、線路脇にある工場の煙突が倒壊して線路側に倒れかかったことに起因する、防音壁の破壊がある。

列車については、熊本駅から熊本総合車両所に向かっていた回送列車(800系U005編成)が6両すべて脱線した。現場は熊本駅南方の本線上である。上空から撮影した写真を見ると、脱線した車両が反対側の上り線も支障しているように見える。

ここまで挙げてきたのは、高架橋をはじめとする土木構造物、それと軌道にまつわる被害である。過去の地震では、電化柱(いわゆる架線柱)の傾斜や倒壊が起きたことがあるが、九州新幹線では電化柱に関する被害は伝えられていない。

「調整桁式ラーメン高架橋」地震発生の影響は

まず、目につきやすい構造物の補修について考察してみよう。九州新幹線博多~鹿児島中央間のうち、2011年3月に開業した博多~新八代間は、昨今の整備新幹線としては例外的に明かり区間の比率が高い。今回の地震で被害が発生した新玉名~新八代間もこの区間に含まれている。そして被害の多くは高架橋で発生した。

ただし、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)で多発したような、高架橋の柱の破壊と橋桁の落下は発生しなかった。これは阪神・淡路大震災の教訓を受けて行われた各種施策の成果である。それでも柱の損傷が発生した事例があるが、被害程度は比較的軽微であり、上に載った橋桁の落下は起こっていない。これを修復する際には、上に載っている橋桁を支えた上で、損傷部分に補修用の樹脂などを注入して修理する。損壊の状況によっては、いったん損壊部分を撤去して作り直すことになるかもしれない。

ところで、被害概況に出てきた「調整桁」とは何か。これはラーメン高架橋で使われる部材である。ラーメン高架橋とは、主桁・橋脚・橋台を剛結構造とした橋梁形式のこと。「ラーメン」とはドイツ語の「Rahmen」のことで、中華麺とは関係ない。ちなみに、ラーメン高架橋以外に桁式高架橋という種類があるが、これは橋脚と橋桁を剛結しておらず、橋脚の上に、変位を吸収するための支承を介して橋桁が載った構造である。

このラーメン高架橋の間に、支間が短い「調整桁」と呼ばれる桁を挟んだのが調整桁式ラーメン高架橋で、岡山以西の山陽新幹線、東北・上越新幹線、九州新幹線で多用されている。今回、新玉名~熊本間の調整桁式ラーメン高架橋で、その調整桁がずれる被害が発生した。写真を見ると、横に取り付けられた排水用の塩ビ製パイプが破断して位置がずれていることから、調整桁が横方向に動いたようである。

調整桁が横方向にずれれば、その上に載っている軌道スラブやレールに横方向の変位が生じていてもおかしくない。東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)でも、東北新幹線の高架橋で橋桁が横方向に動いてしまい、その上に載っている軌道スラブも位置がずれて、レールがグニャリと曲がる被害が生じた箇所があった。こうなると、桁をジャッキで横移動して、正常な位置に戻す必要がある。軌道スラブやレール締結装置は、異常がなければ再利用できるかもしれないが、取替えが必要になる可能性もある。

また、新幹線では精度の高い軌道管理が必須だから、変形したレールをそのまま元の形に戻して使い続けるとは考えにくい。変形が生じた場所とその前後については、新しいレールを搬入して取り替えることになるだろう。レールの交換自体は日常的に行われている保守作業であり、特別なものではない。

たまたま筆者は山陽新幹線のレール交換作業を取材したことがあるが、1,000mほどの区間について、既存のレールを切断して搬入済みの新しいレールと入れ替えて、前後のレールと溶接して形を整える作業を一晩で済ませていた。平素の保守工事でもそうなのだから、レールの交換が足を引っ張って復旧が遅れることはないだろう。

回送列車が脱線した熊本駅南方の現場では、レールから外れた車輪によるものか、軌道スラブやレール締結装置の損傷が発生した。これらも取替えが必要ということになれば、いったんレールを外さなければならないだろう。それに、列車が脱線したときにレールに変形が生じているかもしれないから、そんなレールをそのまま使いたくはない。

車両基地への入出庫線は大がかりな補修になる可能性

現場の写真を見ると、軌道変状は熊本駅南方で本線の高架橋を降り、熊本総合車両所に入るところで発生したようだ。線路が地表まで下りたあたりで、高架橋の上ではない。だから土路盤ではないかと推察される。

写真で見ても露骨にわかるぐらい変形量が大きいから、通常の軌道保守作業で行われる狂い整正作業の範囲には収まらない。いったんレールを外し、枕木とバラストも撤去して、その下にある路盤から正規の状態に作り直す必要がありそうだ。その後で元通りにレールと枕木を取り付け、バラストを入れて突き固める。現場は車両基地の入出庫線だから、本線と違ってそれほどスピードを出すわけではないが、それでも新幹線の線路として満たさなければならない精度は保たなければならない。

こういった軌道まわりの補修と比べれば、防音壁の補修は難しくない。レールの溶接みたいにコンマ何mmの精度が求められる作業というわけでもない。保守基地のクレーン脱落については、まず建屋から保守用車を外に出して場所を空けてから、クレーン車かなにかを持ち込み、脱落したクレーンを元の位置に戻すことになるのではないか。

なお、被害が生じた箇所として報じられてはいないが、電力・信号・通信関連の設備も点検や動作確認が必要で、損傷や破損があれば修復あるいは交換ということになる。