グローバルな視点

このような五代の一生を振り返ると、いくつかの特徴が浮かび上がってきます。まず、何と言ってもグローバルな視野です。五代は当時の日本でもトップクラスの国際通でしたが、単に海外知識が豊富というだけではなく、グローバルな視点から物事を判断し行動することのできる人でした。このような五代だったからこそ日本の近代化をリードすることができたのです。

時代の変化を読み取る先見性

第2は、そのようなグローバルな視野とも関連して、時代の変化を読み取る先見性です。薩摩藩時代にイギリスへの留学生派遣を提言したことやイギリスでの紡績機械購入、パリ万博への出品契約などに、それはよく表れています。薩摩にとって、日本にとって何が必要かを的確に見抜いていたのです。

また明治になってから大阪で手がけた事業を見ると、貨幣関連事業、貿易、金融、海運・陸運など、産業の基盤を作るインフラ的な事業分野が中心で、いずれも日本の近代化にとって優先度の高い事業です。新しい時代に求められるニーズをしっかりとらえ、それをビジネスチャンスとして生かしていったと言えます。五代が設立した企業や団体の多くが今日まで続いていることも、彼の先見性を示しています。

幅広い人脈とすぐれた交渉力

第3は、幅広い人脈とすぐれた交渉力です。藩の枠を超えた志士たちとの交流、グラバーとのビジネス、イギリスでの商談など、幕末期からその能力を発揮していましたが、大阪で磨きがかかります。大阪株式取引所や大阪商法会議所などの設立はその表れですが、実は五代が設立したほとんどの企業も商人や同志の出資や協力を得て始めたものです。

これまで見てきたように、五代は日本に近代化にきわめて大きな役割を果たしました。当時の日本は欧米列強による侵略の危機にさらされ、いわば最大のピンチを迎えていたと言えます。その中で、明治という新しい時代を作り近代化を成し遂げた五代たちはピンチをチャンスに変えたのです。

今日の日本経済もピンチが続いていますが、ピンチをチャンスに変えることの重要性を五代は教えてくれています。地盤沈下の続く大阪もしかりです。これまであまり知られていなかった五代友厚という人物が注目されるようになったことは、日本経済にとって喜ばしいことです。日本経済の活性化につながることを期待したいものです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。