京都の酒といえば伏見である。桂川・鴨川・宇治川の3つの川に沿った平野部と桃山丘陵を南端とする東山連峰の山並みから構成された土地で、豊かな自然風土に恵まれ昔から多くの銘酒が作られてきた。太閤秀吉が伏見城を築いて以来、城下町としても発展してきた歴史がある。そんな伏見には、江戸時代・徳川家光の時代に開業した伝統の酒蔵があるのだ。

どっしりとした白壁土蔵の趣ある佇まいの「月桂冠大倉記念館」。昔は樽詰めや壜詰めに使っていた蔵だったそう。今では年間10数万人の見学者が訪れている

「月桂冠」は11代目が採用

伏見城の外堀、濠川沿いに見える白壁土蔵。柳並木を潜りながら歩くとどこからか、米を蒸す香りが漂う。酒造の地ならではの風情を感じつつ見えてくるのは「月桂冠大倉記念館」。建物は明治42年(1909)建造の実際に使われた酒蔵を改装したものだ。

月桂冠が生まれたのは江戸時代の寛永13年(1637)。京都南部の笠置から伏見の地に出て酒屋を開業したことに始まる。屋号を「笠置屋」に酒銘は「玉の泉」と称し、江戸、明治、大正、昭和、平成と怒濤の時代の中、伏見の酒として多くの人の喉を潤してきた。

それから明治38年(1905)のこと、11代目の大倉恒吉氏が古代オリンポスの勝利と栄光のシンボル「月桂冠」を酒銘に採用し今の名称になる。同社は酒造りへの研究にも力を入れ、月桂冠総合研究所のもととなる大倉酒造研究所を創設した。科学技術を導入することで、一年を通じて酒造りを行う四季醸造システムの酒蔵を日本で最初に稼働し、商業ベースでの成功をおさめたのが月桂冠なのだとか。

文化財指定の伝統用具に先人達の技を知る

そんな伝統を今に伝えるのがここ、月桂冠大倉記念館だ。京都市指定・有形民俗文化財にも指定されている6,120点にもおよぶ貴重な酒造用具類を保管しているほか、江戸時代の酒造りの工程に従って絵図パネルなどで分かりやすく順に紹介しており、酒造りを知らなくても楽しめる。

館内には酒造りの作業時に唄われていた「酒造り唄」が流れ、酒蔵の雰囲気を楽しめる。伏見という歴史の深い土地柄、鳥羽伏見の戦いなど幕末の歴史に関した展示もある

明治時代の笠置屋の帳場を復元した入り口から土間を通って、各展示室をめぐる。展示品の中には明治時代に実際に発売されていた商品や広告販促用品など時代を感じさせる品々もあり、まるでそこだけタイムスリップしたようなノスタルジックな雰囲気が楽しめる。中庭に出るとかつての杜氏宿舎が残されており、耳をすませば往事の職人の声さえ聞こえてきそう。

かつて販売されていた商品や広告商品も並ぶ展示室。マニアにとったらお宝のようなレトロな品がいっぱい

酒をうまくする名水「さかみづ」体験も

展示室入り口横には、伏見の名水のひとつ「さかみづ」がこんこんと湧き出ている。昔から酒造りには地下水が使われており、今も隣接する酒蔵で月桂冠のきめ細かくまろやかな酒質を生み出している。この清水を用意されている猪口で口にすることができるのも蔵見学の醍醐味といえよう。

伏見の名水11選のひとつ「さかみづ」。創業当時も、こんこんと湧き出るこの水を使っていた

見学の後には利き酒体験が可能。記念館に隣接する白壁土蔵の酒蔵内に設けられた「月桂冠酒香房」は前日までに予約をすれば、実際の酒造りの様子を見学できる。なお、見学時間・受付人数に制限があるため、時期によっては見学できない場合もある。思い立ったらまずは電話で確認を!

見学後に「レトロボトル吟醸酒」「玉の泉 大吟醸」「プラムワイン」の3つを利き酒できる。レトロボトルはかつての鉄道院で採用されていた。蓋が杯になっているので揺れてもこぼれにくい

アクセスは、京阪電鉄「中書島駅」から徒歩5分、または、近鉄京都線「桃山御陵前駅」から徒歩10分。入場料は大人300円/中・高校生100円で、手土産として純米酒(180ML)1本がもらえる(未成年は月桂冠大倉記念館絵はがきをプレゼント)。

※記事中の情報・価格は2015年6月取材時のもの。価格は税込

筆者プロフィール: 金関亜紀

香川県生まれ。九州や山口で考古学に携わり、民俗学などに関心をもつ。東京の編集プロダクションや出版社勤務を経て、フリーランスに。現在、東京-香川を往復する生活を続ける。一年に地方や離島に出かける回数は30回以上。土地の食材や酒、祭りなどのフィールドワークを行っている。共著に『日本全国うまい焼酎虎の巻』(エイ文庫)がある。無類の酒好き。雑誌やネットなどでお酒のコラムをはじめ、離島の島ネタなどを執筆。現在は各地の居酒屋で旬の食材と地酒を求めて放浪。日本酒蔵、焼酎蔵などと蔵との繋がりあり。個人ブログ「ゴン麹 酔いどれ散歩千鳥足」で紹介中。