昼食休憩明けの永瀬六段。時折、眉間にしわを寄せて苦しそうに考えていた

さて、本局のような千日手含みの展開は、まさに「駒がぶつかる前の模様の取り方が上手い」というSeleneの特徴が発揮された局面と言える。永瀬六段も「本局はSeleneが得意とする危惧していた展開に進んでしまいました」と語っており、検討室で千日手がささやかれていたとき、実戦は相当に緊迫した局面を迎えていたのだ。

戦いが始まりSeleneが僅かにリード

永瀬六段が1割以下と予想していたように、Seleneは千日手を選ばず、敢然と仕掛けて行ったのが下図の局面だ。

図3:55手目▲7五歩まで

図4:70手目△1七歩まで

図3の時点での評価は、検討のプロ棋士も評価ソフト(第3局に登場するやねうら王)もほぼ互角である。プロ棋士を相手に右玉というマイナー戦法で互角に渡り合うSeleneはさすがといえよう。一方で、Seleneがもっとも得意とする駒がぶつからない段階の模様争いを互角に乗り切った永瀬六段の頑張りも素晴らしい。だが、戦いが始まってしばらくすると、やねうら王の評価値が少しずつ先手側に振れだした。

図4は永瀬六段が反撃に転じた局面だが、ここでのやねうら王の評価値は先手の+329点だった。コンピュータ将棋の評価値は500点差を超えると危険ゾーンと言われる。329点差は一瞬で危険ゾーンに入りかねないギリギリのところだ。

検討室からの「ニコニコ生放送」中継では形勢判断ボードが動かされた。永瀬六段への応援の意味も込めて総合判断は互角にされているが、実際はやや先手持ちの声が挙がっていた

永瀬六段が渾身の読みで勝利を引き寄せる

329点差で、検討室に「これはまずいか」という雰囲気が漂い始めたところで局面は急展開を見せる。それが下図だ。

図5:82手目△8一飛まで

△8一飛をひと言でいうと、肉を切らせて骨を断ちにいった手だ。続く▲3二角成△同玉▲1三歩成と進んだところが、まさに肉を切らせた局面である。後手玉は骨は断たれていないものの、相当に深く肉を切られている。この瞬間に相手の骨を断つことができなければ取り返しがつかず敗北必至という状況なのだ。だが永瀬六段は、相手の骨を断てると読み切って△8一飛を指したのだ。

夕食休憩明けの永瀬六段。この時点で△8一飛の局面まで見通していたと思われる

図5の△8一飛に対して▲3二角成△同玉▲1三歩成と進んだ局面は後手の勝ちである。専門的に言うと、後手玉には詰みがなく、先手玉は王手や詰めろ(次に詰ますぞという手)の連続から必至(次に絶対に詰んでしまう状況)がかかるからで、これはコンピュータ将棋がどれほど強くなろうと覆せない結論だ。本局の勝負は事実上ここで決着している。

ニコニコ生放送で食レポをする三浦弘行九段

永瀬六段の食べたおやつはスティックケーキ

夕食休憩の軽食