世界第2位のコーヒー輸出国、ベトナム。しかし、そのコーヒーの9割が、苦味が強めで、風味の比較的薄いロブスタ種だということは、あまり知られていません。数年前からベトナムで「アラビカ種」コーヒーの生産・販売を行う「KOK COFFEE」オーナーの楊夫妻は、コーヒーを育てる少数民族支援のため「フェアトレード」に則って適正価格で買い付けるなど、ベトナムではまだまだ珍しい試みに挑戦中。今回はセールス部門を一手に引き受ける、奥様の楊千慧さんに話を伺いました。

台湾人の楊千慧(ヨン・チェンフイ)さん/ベトナム・ハノイ在住/36歳/夫と共に設立した「KOK COFFEE」のセールスを担当

■これまでのキャリアの経緯は?

台湾の大学で英語を専攻した後、アメリカへ留学し、マスコミュニケーションについて学びました。1年間アメリカのフィルムプロダクションなどでインターンを経験した後、台湾に戻り、日系IT企業や現地ファブリックメーカーなどで数年ずつキャリアを積みました。

しかし次第に外国での生活が恋しくなり、友人を通じてインドのニューデリーでの仕事を紹介され、簡単な面接をすることに。実は、その面接官が現在の夫なんです! でも、私がインドに行くとすぐに彼はハノイに異動してしまったんですけどね。

ニューデリーでは地下鉄建設プロジェクトに携わりました。そのプロジェクト終了後に、ハノイに居た夫から交際&結婚の申込があり、ハノイに移り住むことに。夫はその時、ハノイの地下鉄プロジェクトに関わっていましたが、志半ばで会社がプロジェクトから撤退することになりました。しかし夫婦共に落ち込まず、ベトナムには新たなビジネスチャンスが眠っていると感じたため、会社を辞めて自分たちでビジネスを立ち上げることにしたんです。それがコーヒービジネスでした。

■現在のお給料は以前のお給料と比べてどうですか?

外国の大学を卒業しており、日系企業に就職できたため、台湾での初仕事の給料も平均的な新卒者よりは高かったです。インドでは駐在員として働いていたため、今までのキャリアで一番高いお給料をもらっていました。

現在はビジネスを立ち上げて間もないこともあり、以前の会社と同程度とは言えませんが、自分たちが思った通りに事業を展開できる自由さは何物にも代えがたいです。また夫は無類のコーヒー好き。事業を立ち上げる前から趣味の一環として、アメリカでコーヒー豆の焙煎技術を取得していました。今は世界各地から厳選したコーヒー豆の輸入・販売を手掛ける一方、ハノイの北西部にあるソンラ省に定期的に足を運んで技術指導なども行っています。そんな彼にとっては、大好きなコーヒーに関われることだけでも嬉しいかもしれません。

■今の仕事で気に入っているところ、満足を感じる瞬間は?

自由。その1点につきます。上司に確認や許可を取らずとも自分の思ったように仕事を進められるのは、私のような人間にはとてもありがたいです。勤務時間をフレキシブルにできるのも魅力ですね。もちろんお客さんの都合に合わせてですが、アイドルタイムで習い事に通ったり友人と会ったりすることも可能です。一旦この自由さを知ってしまうと、会社勤めに戻るのは難しいとも感じています。

私はセールスを担当しているので、自分たちの商品や考えをお客様に理解して頂き、その結果として契約を結ぶことができた時には大きな達成感・満足感があります。しかし、同時に「商品を納入した後にきちんと代金を支払ってもらえる相手だろうか」など、会社のセールス部門に所属していた時には考えなかった心配も生じますね。また、コーヒー栽培を通じてベトナムの少数民族の方々に雇用の機会や適正な賃料を提供でき、非力ながら社会貢献ができていることも大きな喜びの1つです。

■逆に今の仕事で大変なこと、嫌な点は?

当たり前ですが、会社勤めとは違い、自分たちのお給料は自分たちで生み出さなければならないことですかね。誰も生活の保障をしてくれないので、常にそのプレッシャーはあります。ベトナム特有の問題としては、何をするにも政府の許可申請に時間がかかるので大変です。ドイモイ政策で市場メカニズムや対外開放政策が導入されているため、普段生活している上ではそこまで感じませんが、役所はやはり社会主義。完全なる「お役所仕事」なので、輸出入の際の関税手続きなども気が遠くなるほど時間と労力がかかる時があります。

■日本人のイメージは? あるいは、理解し難いところなどありますか?

米国ではインターンシップのみだったので、実質初めて仕事を体験したのが日系の会社でした。IT関連部品のセールスをしていましたが、正直、その時は日本式と日本人が大嫌いでした(笑)。米国での暮らしに慣れていた私には、仕事の全てが細かすぎて窮屈に感じていたし、何より無駄な報告書が多すぎると思っていました。

1年で転職したのですが、その後、さまざまな国でいろいろな仕事を経験する中で、日本式の良さを再発見する場面もあり、もう少し長く続けていればと今では後悔しています。また、ハノイで日本人が主催する漆絵教室とダンス教室に通い始めたことも大きいです。みなさんマナーを守って使うので教室内はいつも綺麗に整頓されていて心地よく使えるし、発表会などのイベントでも全員がきちんと練習や事前確認・準備を怠らないので予想外のことが起こりません。ハノイにあって「ここに居れば安心」と思わせてくれる、貴重な場所です。

■最近TVやラジオ、新聞などで見た・聞いた日本のニュースは何ですか?

アベノミクスです。安倍政権になってから円安が進んでいることがとても気になっています。品質が良いので、フィルターなどのコーヒーをいれるための周辺機材はほぼ全て日本から輸入しているし、夫は東京で毎年行われているコーヒーエキシビジョンも毎年訪れています。そういった意味では円安はとてもありがたいです。ただ、お客さまの多くが日本人なので、あまりに円安が進むと彼らの購買意欲が下がってしまうのではないかという懸念もあります。

■ちなみに、今日のお昼ごはんは?

ランチはオフィス兼自宅近くのベトナム大衆食堂(コムビンザン)で、持ち帰りのお弁当を頼むことが多いです。白いご飯の上に、自分で選んだおかずを載せてもらい完成。この日は左上から時計周りに、ゴーヤのいためもの、豚肉の炭火焼き、豚ひき肉のベトナムハーブ巻き、インゲンの炒め物です。料理の見た目は台湾と似ているものもありますが、ベトナムではヌクマム(漁醤)を使うところが違います。値段は日本円で大体150円~200円くらいですが、どんどん物価が上がっている印象がありますね。

ゴーヤのいためもの、豚肉の炭火焼き、豚ひき肉のベトナムハーブ巻き、インゲンの炒め物

ベトナム大衆食堂

おかずを選ぶことができる

■休日の過ごし方を教えてください

夫と2人で事業をしているため、2人揃って休みを取るのは年に1度のテト(旧正月)だけです。台湾でも大切な行事なので、その時は2人で台湾に帰省します。日曜日はオフィスを閉め、従業員は休ませているのですが、ハノイ郊外で働いて週末だけハノイに戻って来るというお客さまもいるので、夫か私のどちらかは必ずオフィスの上階にある自宅に居るようにしています。その他は、状況に合わせてお互い休めそうな時に休むという形です。

■将来の仕事や生活の展望は?

長生きは望みません(笑)。心身ともに健康で楽しめるうちに、世界中を旅して見て回ることが大きな夢です。会社は今まで少しずつ少しずつ大きくしてきました。当面の目標は小さな工場を作ってより多くの製品の生産を可能にすることですが、これも少しずつ進めてゆけたらいいなと思っています。