古代ローマ人と日本の風呂文化の関わりをコミカルに描き、一大ブームを起した「テルマエ・ロマエ」。2012年には主演・阿部寛さんで映画化されたのも記憶に新しい。今回紹介する「稲荷湯」は、この映画のロケ地にもなった、知る人ぞ知る名銭湯のひとつである。

「稲荷湯」は2014年にリニューアルされ、利便性が高まった

黒く光った格天井に注目

最寄り駅はJR埼京線の板橋駅。東口を降りて滝野川銀座商店会を通りを歩くこと5~6分、稲荷湯は一本路地を入ったところにある。町屋のような趣を感じる宮造りの建屋は、昭和初期の建造。すぐ隣にはところ狭しと木材が積まれており、薪で沸かしている銭湯だと分かる。短い暖簾をくぐって、男湯は右、女湯は左へと進む。

実は2014年末に若干の改装工事があり、残念ながら映画撮影時の様子は保たれてはいない。それでも昔ながらの良さは残しており、一段と使い勝手が良くなった印象だ。こちらは番台式で、入ると女将が「いらっしゃいまし」と声をかけてくれる。入り口脇には丸型脱衣カゴ。ロッカーは中央と壁側の2面。黒く光った格天井も注目ポイントだ。

境目は鏡張りになっており、石けん・タオル類のショーケース、ドリンクケース、血圧計が設置。浴室入口手前には洗面台、冷水機、体重計やマッサージチェアが。背側は一面のガラス張りで、溶岩石をあしらった池のある坪庭が見える。こちらにはスツールと灰皿があり、入浴後は一服できるようになっている。

温度も趣も違う3つの湯

男湯のイメージ

浴室は2014年から大きく変わった。カランの数は減ったが、ひとりあたりのスペースが広い。洗面器として木おけを採用しているのは相変わらずだ。プラスチックのおけには出せない重厚な「カコーン」の響きがたまらない。天井はひときわ高く、水色に塗られた壁はまるで空を仰いでいるかのよう。

正面には西伊豆から望んだ富士山のペンキ絵が広がる。サインはなかったが、静かな水面と繊細な富士山頂の描き方から、日本で3名しかいない銭湯背景画絵師、最年長の丸山清人絵師の作と分かる。

浴槽はシンプルに3種類。左から、熱い・適温・ぬるい。白く濁った薬湯は温度表示があり、38度を示していた。深風呂は本当に熱く、30秒もつかっていると身体が真っ赤になってしまう。これぞ江戸っ子の我慢比べ、といったところか。富士山と直接つながっているような湯船につかっていると、身も心もリフレッシュしていく。

稲荷湯は、古く価値のあるものはそのままに、新しく便利なものは取り入れる、まさに温故知新の銭湯。ぜひ足を伸ばして一度は訪問しておきたい。

※記事中の情報は2015年1月時点の男湯のもの。イメージ図は筆者の調査に基づくもので正確なものではございません

筆者プロフィール: 高山 洋介(たかやま ようすけ)

1981年生まれ。三重県出身、東京都在住。同人サークル「ENGELERS」にて、主に都内の銭湯を紹介した『東京銭湯』シリーズを制作している。