日本体育大学保健医療学部の小野塚實教授

子どもの頃に「よくかんで食べなさい」と口ずっぱく言われたことがある人も多いだろう。よくかむことはあごの発達や消化によいだけでなく、最近ではいきいきとした脳を保ち、記憶力の低下を防ぐ効能があるということもさまざまな研究によって証明されているのはご存じだろうか。

9月14日に「認知症を『噛む力』で治す」を発刊予定の日本体育大学保健医療学部の小野塚實教授に、「かむ力」が脳に与える効能について話を伺った。

よくかむことのメリット

よくかんで食べることのメリットは数多くある。

・あごの骨が丈夫になり、歯並びがよくなる

・食べ物をよくかみ砕くことで消化しやすくなり、胃腸の負担を減らす

・唾液がたくさん分泌されるため、虫歯や歯周病をも防ぎやすくなる

以上がその一例だ。その他にも、近年になって口の中で食べ物をよくかみ砕く「咀嚼(そしゃく)」が認知症予防に効果があることも明らかになっている。

「よくかむことで、脳の血流が増えて脳の神経活動が活発になることは以前からわかっていました。例えば、一定時間ガムをかむことによって、脳の神経細胞が活動しはじめ、記憶にもっとも関係している前頭前野や海馬をはじめ、脳のさまざまな領域が活性化することがこれまでの研究結果から明らかになっています。特に高齢者ほど、前頭前野と海馬が顕著に活性化することが判明しました。このことからも、『かむ力』は日本が抱えるもっとも深刻な問題である認知症の予防につながると考えられます」。

かむことと記憶力の関係

よくかむことで、人間だけが持つ知的な領域「前頭前野」が活性化する。この領域は、さまざまな情報の統合力や物事の判断力、集中力、コミュニケーション力など、社会生活を営む上で不可欠な働きを担っている。この機能が低下すると、周囲に無関心になり、キレやすくなったり、人間としての営みが難しくなったりすると言われている。

「海馬」の活性化は、新しい記憶形成と密接に関わっている。さまざまな情報は、海馬に送られ、短期記憶として一時的に保存される。その後、大脳に送られて長期記憶として脳に定着する。よくかめばかむほど、海馬の活動が活発になり、記憶力がアップしやすくなるというわけだ。

海馬には位置や場所、方向などを把握する働きもあると小野塚教授は話す。「この働きを空間認知能力と言います。人は建物や信号などの周囲にある物の位置から自分がいる場所を判断しているわけですが、海馬の機能が落ちるにつれてこの能力も低下し、迷子になってしまいます」。

ガム1枚につき、500回以上の咀嚼が必要?

かむ力が脳に与える影響の大きさはわかったが、一体どのようにしてかむ力を養っていけばいいのか。小野塚教授は、かむ回数が多い食べ物をよく摂取することを推奨する。

日本チューインガム協会によると、可食部10gあたりに対してかむ回数が比較的多い食べ物には、「フランスパン」(108回)、「せんべい」(162回)、「にぼし」(353回)などがある。それらの食品の中でも、小野塚教授はガムを摂取することのメリットを指摘する。

「例えば、勉強をしていると集中力が下がってきますよね。休まないで集中力を回復させようとするとなると、ガムがいいです。ガムをかむと集中力が回復します。それはかむことのリラックス効果によるものと考えられます。また、記憶をつかさどる海馬についても効果を及ぼします。高齢になるほど海馬は萎縮し、機能が衰えて記憶力が低下しますが、ガムを2分間かんだ後の海馬の活動は高齢者ほど活発になり、記憶力テストの成績もアップしています」。

同協会によると、ガム1枚を味がなくなって捨てるまでにかんだ回数は550回と、その咀嚼(そしゃく)回数は突出して多い。このことからも、ガムがかむ力を養いやすいことがわかる。今では入れ歯でもかみやすいよう、歯につきにくいガムなども販売されているそうだ。

さまざまなメリットがあり、特に高齢者に恩恵が多いという咀嚼(そしゃく)。もう間もなく敬老の日が訪れるが、今年は普段お世話になっている祖父・祖母にギフトを贈るだけではなく、一緒に食事をしながら「かむ力」のすばらしさを伝えてみてはいかがだろうか。