――当時の田中さんには、志と言うべきビジョンがなかった?
田中 はい。柳井さんとお会いする前の2007年頃というのは、我々のような新興の低価格メガネ業態は「5,000円 / 7,000円 / 9,000円」というようなスリープライスの価格帯でした。ただその頃は成長が鈍化していた時期で、すでに多くの店舗と従業員を抱えていた私は、正直、日々悩んでいました。そんな時に柳井さんの「志はあるか?」ですからね。まさにいま自分が抱えている課題を言い当てられた気がしましたよ。すなわち目の前の生き残りしか考えてなかったんです。でもその一言で、経営のスタンスがガラっと変わった。「我々がやるべきなのはメガネ業界で勝ち残ることではなく、メガネを通してお客様に新しい価値を提供すること、そして社会を変えることだ!」と。
――そのタイミングで2009年に「Air frame」が生まれたわけですね。ところで、「非球形レンズ付きで4,990円」という画期的な価格設定をスタートさせたのも2009年でしたよね?
田中 「Air frame」の少し前で、明らかに同じ流れですね。それまで、低価格メガネ店は厚い球形レンズが標準でセットされていました。実際のところ、ほとんどの人が非球形レンズに付け替えるにもかかわらず、そちらはオプションで追加料金をとるのが業界の常識だったんです。要は「1本5,000円です」と謳いながらも、実質プラス5,000円で1万円になっていたわけで、完全に後出しジャンケンですよね。恥ずかしながら我々もそうでした。しかし、悪しき業界の慣例は、決してお客様に目を向けたビジネスモデルとは言えません。だからこそ、「悪しき慣例から"イチ抜け"しよう」と我々は考えました。
ベンチマークはユニクロ、ZARA、H&M。海外展開も視野に。
――では、4,990円という価格はどのようにして実現できたのでしょうか?
田中 シンプルな話です。それまで取引してきた複数のレンズメーカーをほぼ1社に絞り込み、大量発注する代わりに価格を抑えたのです。こうして高品質かつ低価格のレンズの供給を実現できました。お客様から圧倒的な支持を得て、鈍化していた売上は反転。月次売上げは前年同期比150%を越えて、株価も10倍以上にまで増えました。
――繰り返しになるかもしれませんが、なぜ競合他社は同じことができないのでしょう?
田中 レンズに関してはやはり、「長い付き合いの取引先を変える」というのは難しい面があるのでしょう。その意味でもこだわりのなさ、しがらみのなさを持つ我々には強みがあったと言えるでしょうね。
――お話を聞いていると、ジェイアイエヌのベンチマークは同業者よりもユニクロなどのアパレルのSPA業態ではないか? と感じたのですが。
田中 むしろ同業者は見ていない。ユニクロ、ZARA、H&Mなどですね。
――そうなると、やはり海外展開も見据えている?
田中 そうですね。12月には、中国・瀋陽に初めて海外出店を実現しました。そこを足がかりに、外に向けて挑戦していきたいと思っています。もっとも、軸足はやはり日本。いま4,000億円程度の日本のメガネ市場を、1兆円規模にまで伸ばすつもりです。
――価格を下げて市場規模を伸ばすには、販売本数を伸ばすしかないですよね。その手法は?
田中 視力矯正とファッション、そのあたりがメガネに求められる既存の価値です。しかし、我々はそれらと同時に、別の付加価値をつけた商品を展開していきます。シチュエーションとしては「スポーツ」や「IT」。たとえば、スポーツを楽しむ際に紫外線から目を守ってくれる、そして今後も進化するであろうデジタルメディアと接する際に、目を保護してくれる、そんなアイウエアですね。いま、人々の目を守ることを徹底的に考えるために、「脳トレ」で有名な東北大学の川島隆太教授や、ドライアイ研究の第一人者である慶應義塾大学の坪田一男教授といった方々とも様々な研究を進めています。2011年には新機能を取り入れた商品を次々にリリースしていく予定です。
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インタビューでは、田中氏ご本人の"アイウエアコレクション"も紹介していただいた。もちろん全て「JINS」の製品。日常用からパソコン用、ゴルフ用、老眼鏡まで豊富なバリエーションだが、「基本的にベーシックなものを選びますね」 |
――たしかに、新たな付加価値のついたメガネが出てくれば、市場はまだまだ伸びる余地がありますね。
田中 それに加えて、シチュエーションごとにメガネをかけかえるようなイメージですよね。来年も引き続き、当社は面白いことになると思いますよ。
――ただ、これだけ常勝続きで成長すると、将来に対してプレッシャーもあるのでは?
田中 どうでしょう。でも失敗してもいいじゃないですか。失敗を恐れて何もしないことほど怖いものはないですよ。それに僕はチャレンジャーが大好きなんです。「体制派」でいるよりも、アウトロー的な人間のほうがかっこいいでしょ?(笑)
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折しもインタビューを行った数日後、田中氏が本年度の「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー・ジャパン(EOY Japan)」のアクセラレーティング部門で大賞を受賞し、2011年6月にモナコで開始される「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー2011」の日本代表に選出されたというニュースが届いた(詳細は既報の通り)。イノベーションを実践するジェイアイエヌが、世界に羽ばたく日は近いのかもしれない。「経営は面白い。最近やっとそう思えるようになりましたよ」と話した時の、充実感を漂わせた笑顔が印象的だった。